さくらさくら 歌詞 意味。 唱歌「朧月夜」難しい歌詞の意味の解説と美しい日本の春の風景

同期の桜

さくらさくら 歌詞 意味

歌詞の意味 さくらさくら 三月の空を見渡してみると この霞みがかった景色の中で いい香りがしてきた(鮮やかな色が見えてきた) さあさあ 見に行こう 言葉の意味 弥生 三月のことです。 日本の古い月の呼び方は 1月 睦月 むつき 、2月 如月 きさらぎ 、3月 弥生 やよい ・・・・ この「やよい」です。 霞みか雲か ぼんやりした景色のことでしょう 匂いぞ出る いい花の香りがしてきた にほい=色がくっきり見える という意味もあるようですので、景色の中に鮮やかな色が見えてきた(桜のピンクがはっきりとしてきた)という意味にも捉えられます。 歌詞の変化 「さくらさくら」は、日本の古謡です。 子供のお琴練習曲として江戸時代に作られた「咲いた桜」がルーツだと言われています。 そこから明治時代に作られた歌詞が、動画と同じものです。 (作者不詳だから書いても大丈夫ですよね・・・) さくら さくら やよいの空は 見わたす限り かすみか雲か 匂いぞ出ずる いざや いざや 見にゆかん そして、以下が現代の教科書に掲載されいている歌詞です。 文部省唱歌の歌詞。 さくら さくら 野山も里も 見わたす限り かすみか雲か 朝日ににおう さくら さくら 花ざかり 思えば、私も後者の歌詞を学校で習いました。 昔の歌詞よりも、意味がわかりやすくなっていますよね。 どちらがひまわりの好みかというと、やはり前者です。 「いざやいざやみにゆかん」ここが好きなのです。 遠くで色づく桜を見て、春の匂いを感じ、居ても立っても居られない・・・・早く見に行こうよ!!! あっという間に咲いて、あっという間に散ってしまう桜。 一瞬の美しさだからこそ、日本人の心に響いて歌い継がれているのでしょう。 世界でもこの曲は有名で、日本人が外国で演奏会をするときには、アンコール曲としてよく選ばれるとのこと。 歌唱ポイント 遠くの景色の広がり、霞みがかった柔らかな色合いを、声に乗せて歌うのが理想ですね。 歌声からこの曲の風景を感じられたら最高なのですが・・・ とにかくレガートに。 あたたかな空気が流れるように、優しい響きを絶やさないように気を配りましょう。 「いざやいざや」は気持ちの高ぶりを、ほんの少しのアクセントで表現します。 声の伸ばした後の始末はとても大事です。 ぶちっと切らずに柔らかく包み込むように処理してください。

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森山直太朗『さくら(独唱)』

さくらさくら 歌詞 意味

さくら さくら 弥生の空は 見わたすかぎり 霞か雲か 匂ひぞ出づる いざや いざや 見に行かん 「霞か雲か」というのは桜を指しているのでしょうか?(比喩) それとも「弥生の空は」とありますので、雲のことを指しているのでしょうか? 比喩だとすると桜が空に輝いているということでしょうか? 空に輝いているのであれば、どこにいても見えますので、「見に行かん」がおかしくなります。 わざわざ「見渡すかぎり」といっています。 それとも地には桜が、空には雲が美しく輝いていると解釈してよいのでしょうか? 「匂ひぞ出づる」の「匂ひ」は、生き生きとした美しさなどが溢れることですが、雲や霞に「匂ふ」などと表現はしないと思うのですが。 すると「桜が匂ふ」という解釈になります。 よろしくお願いします。 実は「にほふ」という動詞ですが、「に」は「丹」=赤土から転じて赤色。 「ほ」は「秀」=ぬきんでて現れる、から、もともと「赤色が浮き出る」の意味なのです。 そこから「香りがほのぼのと立つ」という意味が出てきました。 従って「さくらの色が空一面にに照り映えている」という情景を表現すると考えてもよかろうと思います。 実際に「にほふ」はさくらだけでなく、梅、桃の色が映える様子にも使われています。 それでその「にほひ」に誘われて、「さあ、さくらを見に行こう」と最後は解釈してよろしいのではないでしょうか?空に照り映える様子を見ながら、目にはっきりと見えるわけではないさくらを思う、というのは風情がありますが、やはり満開のさくらの下で味わいたいという気分もわかるわけで。 いかがでしょう? Q 日本語を勉強中の中国人です。 「早春賦」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているので、理解できなくて困っています。 特に理解に苦しんでいるところは次の三箇所です。 この歌をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。 歌詞の参考ページです。 hi-ho. htm 1.「歌は思えど」 2.「さては時ぞと 思うあやにく」 3.「春と聞かねば 知らでありしを 聞けばせかるる 胸の思いを いかにせよとの この頃か」 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。 よろしくお願いいたします。 A ベストアンサー 1.春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず 暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。 谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。 2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ さては時ぞと思う あやにく今日もきのうも 雪の空 今日もきのうも 雪の空 川や池に張っていた氷は解け始め、そこに生えている葦も芽をふき始めてきています。 さあ、いよいよ春が来たと思いきや、そんな思いとは裏腹に現実は厳しく、昨日も今日もまだ空はどんよりして雪が舞っています。 3.春と聞かねば 知らでありしを 聞けば急かるる(せかるる)胸の思(おもい)を いかにせよとの この頃か いかにせよとの この頃か 暦の上ではもう春になったのですと聞かされてなければ、まだ春だとは思わなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、季節の移り変わりさえ遅く感じ、春よ早く来いという待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいか判らないくらいである。 あいにく。 折悪しく。 2.[形動ナリ]目の前の事柄が、予想や期待に反していて好ましくないさま。 意地が悪い。 不都合だ。 間 ま が悪い。 予想以上に厳しい。 過酷だ。 この歌は難しい歌ですよ。 全体に伝わってくるイメージは明瞭ですが、字句の説明は非常に難解です。 自信ありません。 1.春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず 暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。 谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。 2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ さては時ぞと思う あやにく今日もき... Q 「霞か雲か」という唱歌のタイトルを、「か」に留意して英・独語に訳そうとしています。 しかし、この「か」の持つやわらかいニュアンス、最低限の情報のみで表現された宙に浮いているようなイメージ、を どのように訳すのが適当か色々考えているのですが、わかりません。 「外国語」のカテゴリーで同じような質問をさせていただいたのですが、 回答してくださった方が 「霞なのか霧なのか(わからない)」 というような日本文をイメージし、そこから訳す、と書いてくださいまして、なるほどと思いました。 このタイトルでは、色々な情報が省かれていると思うのですが(主語であるとか、述語であるとか)、 そういうものをちゃんと表したらどのように表現できるのでしょうか。 外国語に訳すために、まずそのへんをはっきり知りたいと思うのです。 そして、この「か」というのは、やはり英語でいうor、ドイツ語のoderに相当する意味なのでしょうか? 「mist or cloud」・・・? そうするとちょっと味気なさ過ぎるし、「か」の意味が強すぎるような気がするのです。 このタイトルを例えば他の言い回しで表現したらどうなると思われますか。 アイディアがある方、是非教えてください。 全体のイメージがつかみやすいように、この唱歌の歌詞を参考に載せておきます: かすみかくもか はたゆきか とばかりにおう そのはなざかり ももとりさえも うたうなり 「霞か雲か」という唱歌のタイトルを、「か」に留意して英・独語に訳そうとしています。 しかし、この「か」の持つやわらかいニュアンス、最低限の情報のみで表現された宙に浮いているようなイメージ、を どのように訳すのが適当か色々考えているのですが、わかりません。 「外国語」のカテゴリーで同じような質問をさせていただいたのですが、 回答してくださった方が 「霞なのか霧なのか(わからない)」 というような日本文をイメージし、そこから訳す、と書いてくださいまして、なるほどと思いました... A ベストアンサー はじめまして。 ご質問1: <この「か」というのは、やはり英語でいうor、ドイツ語のoderに相当する意味なのでしょうか?> いいえ。 orやoderに相当する語ではありません。 1.orやoderは選択を示唆する接続詞になります。 訳し方は「~かそれとも~か」となります。 2.この詩で使われている3つの「か」は全て、「疑問」を表す終助詞です。 3.ご推察される通り、選択を示唆する「並助詞」という用法も考えられそうなところですが、ここは終助詞になります。 4.理由は、2行目の「とばかりに思う」の引用を表す格助詞「と」があるからです。 つまり、1行目の「かすみかくもか はたゆきか」は詩の作者が思っている内容になります。 5.従って「かすみかくもか はたゆきか」の「か」は、「~だろうか、それとも~だろうか、はたまた~なのか?」という疑問を表す終助詞となるわけです。 6.その他の文法分解は以下のようになります。 (1)ばかり:「程度」を表す副助詞。 「~するほど」「~するくらい」という訳になります。 (2)におう:「匂ふ」から来ており、色が美しく染まる(染まったように映る)という視覚的な意味で使われます。 (3)ももとり:「百鳥」のことで、意味は「いろいろな鳥」「多くの鳥」ということで、百鳥という種類があるわけではありません。 (4)さえも:「添加」を表す副助詞「さえ」+「詠嘆・感動」を表す係助詞「も」で、「~までもが」という一種の強調表現になています。 (5)なり:ラ行変格活用の助動詞で、「うたう」「鳴く」「聞こゆ」などの用言につく場合は、「~の声や音が聞こえてくる」という意味になります。 従って、「うたうなり」は「うたっている声が聞こえてくる」という意味です。 ご質問2: <このタイトルを例えば他の言い回しで表現したらどうなると思われますか。 > 1.日本語の他のニュアンスでの言い回し、ということでしたら、 「霞か雲かと見まごう如く」 となります。 2.「かすみかくもか、はたゆきか」という作者の心情は、「はなざかり」の景色を描写してもので、その景色が「まるでかすみかくもかゆきかと思わせるほど美しい」ことを 強調している表現です。 3.従って、「かすみかくもか」の部分は、「まるで霞か雲かと思ってしまいそう」というニュアンスを汲んだタイトルになるでしょう。 以上ご参考までに。 さて、次は外国語カテにて回答へと場所を移らせて頂きます。 はじめまして。 ご質問1: <この「か」というのは、やはり英語でいうor、ドイツ語のoderに相当する意味なのでしょうか?> いいえ。 orやoderに相当する語ではありません。 1.orやoderは選択を示唆する接続詞になります。 訳し方は「~かそれとも~か」となります。 2.この詩で使われている3つの「か」は全て、「疑問」を表す終助詞です。 3.ご推察される通り、選択を示唆する「並助詞」という用法も考えられそうなところですが、ここは終助詞になります。 4.理由は、2行目の「とばか... Q 1. きんらんどんすの 帯しめながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ 2. 文金島田に 髪結いながら 花嫁御寮は なぜ泣くのだろ 3. あねさんごっこの 花嫁人形は 赤い鹿の子の 振袖着てる 4. 泣けば鹿の子の たもとがきれる 涙で鹿の子の 赤い紅にじむ 5. 泣くに泣かれぬ 花嫁人形は 赤い鹿の子の 千代紙衣装 1と2で泣いているのは人間の花嫁でしょうか?「帯しめながら泣く」は人間にしかできませんよね。 4で泣くのは、人形遊び(あねさんごっと)をしている子供でしょうか? それとも全て主体は「花嫁人形」なのでしょうか?題名がそうですし。 それにしては5で「泣くに泣かれぬ花嫁人形」とあるので混乱してしまいます。 よろしくお願いします。 A ベストアンサー こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。 この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。 昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。 もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。 「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。 散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。 「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。 「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。 非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。 そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。 諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。 七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。 行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。 それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。 nifty. htm こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。 この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。 昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。 もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ... A ベストアンサー 「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。 普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。 パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。 残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。 当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。 従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。 ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。 それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。 例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。 これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。 風に抵抗できない。 いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。 しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。 しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。 少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。 人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。 自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。 そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。 ……このような意味の比喩ではなかったかと思います。 この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。 パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。 彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。 パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。 暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。 弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。 パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。 「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。 普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。 パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し... A ベストアンサー めどはやまと言葉ではないでしょうか。 もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。 広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく 不親切です。 朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。 解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、 ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。 目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です).

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歌曲「さくらさくら」日本の桜の美しさを歌いあげよう。歌詞の意味と歌唱ポイント

さくらさくら 歌詞 意味

作詞者 [ ] 原曲は「戦友の唄(二輪の桜)」という曲で、13年()1月号の「」に発表された西條の歌詞が元になっている。 直接の作詞は、後にの第1期搭乗員となる帖佐裕が、在学中にの「金本クラブ」というクラブにあったレコードを基ににした とも、同じく乗員であった槇(旧姓岡村)幸 とも言われていた。 (昭和59年)、当時呉軍楽隊に勤務していた谷村政次郎(後に東京音楽隊長)が金本クラブを訪れ、割れてはいたが「戦友の唄」のレコードが見つかり(現在はふるさと交流館1階に展示)、帖佐の証言が正しいことが証明された。 ただし、5番まである歌詞のうち、3番と4番は帖佐も作詞していないと証言しており 、人の手を経るうちにさらに歌詞が追加されていき、一般に知られているもののほかにも様々なバリエーションが存在することから、真の作詞者は特定できない状態にある。 同期の桜事件 [ ] (昭和55年)、ある元潜水艦乗組員である山下輝義という人物が「同期の桜は自分の作った『神雷部隊の歌』の複製である」として、レコード会社6社を訴えた事件が発生した。 しかし流行歌研究家のがこのレコードの存在についての並木智彬記者に話し、彼自身が埼玉で、前述の「戦友の唄」(歌唱)を収録したレコードが発見されて訴えは棄却された(同期の桜事件:昭和58年())。 演出 [ ] 時局に合った悲壮な曲と歌詞とで、を問わず、特に末期のに大いに流行した。 を代表する軍歌ともいえ、等ではよく歌われる。 また、この歌詞にも、当時の軍歌ではよく現れた「で再会する」という意の歌詞が入っている。 その一方で、戦争映画でみられる兵士が静かに歌うシーンは実際にはなかったという説もある。 生の卒業間際に、指導教官が「死に物狂いで戦っている部隊で歌われている歌」として紹介して以来、教官の間で広まっていき、大戦末期に海軍兵学校から海軍潜水学校で一気に広まったとされており、兵学校に在学していても、戦後まで全く知らなかった人物も多い。 (昭和20年)と同年のラジオ番組で、によって歌われているのが、この曲に関する最も古い記録といえる。 著作権情報 [ ] 作曲のは(昭和37年)に没したため、著作権保護期間は2012年にしている。 作詞のは1970年(昭和45年)に没したため、著作権保護期間は2040年に満了する。 同期の桜を歌った歌手 [ ]• 鶴田浩二 [ ] 戦時中、特攻機の整備をして特攻隊員を見送っていったは、曲を伴奏に、特攻隊員の心情を日記形式にして読み上げる作品を自ら作詩し、レコードに収録した(発売のシングル「同期の桜」ビクターレコード SV2076に収録。 このバージョンは「 同期の桜(台詞)」「 同期の桜(台詞のみ)」とも表記される)。 これは当時所属していたレコード会社間の著作権の関係で、西條八十の詩を歌うことが出来なかったことによる苦肉の策であった。 後年は問題が解決したため、朗読と歌の双方を披露したレコーディングもしている。 替え歌 [ ] (昭和51年)第1次監督時のがリーグ優勝を果たした際、会場で長嶋監督以下、、、ら巨人軍選手が輪になり、本曲を「巨人の桜」と替え歌で唄った。 参考文献 [ ]• 「あゝ同期の桜・幻の作曲家に一千万円」『』(昭和42年)3月3日号• 「同期の桜は詠み人知らずか! 」『』(昭和49年)2月22日号• - 実写版最終回のBGMとして用いられた。 外部リンク [ ]• [ ]•

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