いじめられる側 原因。 「いじめられる側にも原因がある」とかいう謎理論

「いじめられる側にも原因がある」とかいう謎理論

いじめられる側 原因

最近ではドラマやCM、舞台や アニメだけでなくバラエティ番組など でも出演されています。 そんな、 はるかぜちゃんのいじめに 関するツイートに、ものすごく 共感したので紹介します。 おはようございます! 部屋を片付けたらバイキングの進行台本がでてきました このとき番組内で「いじめられる方にも原因がある」って議題があったんだけど 「原因がある」と言ってた人たちに聞いてもらいたい話があるので、ちょっとだけ書きます — 春名風花 harukazechan はるかぜちゃんはそれに対して、 『番組内で 「 いじめられる方にも原因がある」 って議題があったんだけど、 「原因がある」と言ってた人たちに 聞いてもらいたい話があるので、 ちょっとだけ書きます!!』 とツイートし持論を展開します。 — 春名風花 official harukazechan これを読めば、変わる必要があるのはいじめられる側ではなく、いじめる側であるということ。 そして、いちいち人の意見に振り回され、他人の望む自分になることのバカバカしさが分かるでしょう。 原因があって結果があるのではなく 結果があって原因がある。 いじめる人が変わらなければ、 いじめられる人がいくら努力しても いじめが無くなることはありません。 自分の人生を生きてください。 — 春名風花 official harukazechan これには賛否両論のコメントが ありましたが、そのコメントに対して も丁寧に返信しています。 いじめられる方にも原因があるとか、 人間の本質だからって納得してしまうのは 女の人が襲われるのはスカートをはいていたから(原因)で、それが男の人のだからだ(本能)ってあきらめるのと同じ。 本質であれ本能であれ それが良からぬことならば、 人間らしく理性で行動を制御できるはず! — 春名風花 official harukazechan とてもわかりやすい返答ですね。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 次のページではネットで書かれている 「 いじめられる人」の特徴を、 まとめてみました。 あなたのお子様に、 当てはまっていませんか? はるかぜさんって、すごいね! 昭和40年代(古いことです)、車社会の到来に、それまで子どもの遊び場だった路地裏から子どもが追い出されてしまいました。 その時の標語が「飛び出すな!車は急に止まれない」。 子どもに注意喚起していました。 子どもだったぼくは、遊び場も奪われてこの標語だったので腹が立ちました。 「飛び出すな!子どもは急に止まれない」だろ!! 弱い側に向かって「行動を正せ!」という事自体が暴力だと感じます。 すっかりいい年のおじさんになり、子どもにかかわる仕事をしていますが、いじめについてこう考えています。 「すぐに守らなければいけないのはいじめをうけている子だけれど、救い出さなければいけないのはいじめをする側の子だ」と。 いじめは、本人がされているからするのだと考えています。 だれに?多くの場合、おとなにされていると感じています。 それを救うのは、おとなでなければできない場合が多い。 でも、はるかぜさんのような方が同い年にいたら、全然違うでしょうね。 素晴らしいコメントでした。

次の

いじめられる側にも原因があるのは本当なのか?【原因と悪の違いを明確に】

いじめられる側 原因

つい先日、とある動画を見た。 どこかのテレビ番組で小中学生に「いじめられる方にも問題はあるのか」という質問が与えられ、約四分の三がイエスと答えたのだ。 私は衝撃を受けた。 理由は単純明快で「しゃべる時に唾が飛ぶ」「空気が読めない」というものだった。 その解決方法が、注意や助言を通り越していじめだとする子供たちの論理に恐怖すら覚えた。 そして子供は成長すると大人になるが、現在世の中にいる大人たちの四分の三もこのような感覚を持っているのかもしれないと思うと、なおさら恐ろしくなった。 確かに「暗いから」「太っているから」「ブスだから」という特徴が、いじめを実行に移させる火種になることもあるのだろう。 しかし、そこからいじめへと発展するのは明らかにいじめる側が能動的に行動しているからで、彼らの性根の悪さからくるものである。 いじめられる側に欠点があるのが問題でなく、いじめる側のモラルが欠如していることが問題であるのだ。 そしていじめる側は「自分が悪い」という発想と罪悪感がないので、自分は安全圏にいて、原因をいじめられる側に押し付けるのだ。 私は小学校の五六年と中学校の一二年でいじめられていた。 理由は簡単で、小学の時は友達から「あいつ調子に乗ってるからいじめよう」と誘われて「俺はやらない」と断り、逆にそれが反感を買って標的が私となったのだ。 私をいじめてくる集団の中には私がかばってあげた奴もいた。 私は小学の人たちと同じ中学に行くのが嫌で、少し離れた別の中学に進学した。 そしてそこでまた、入学二週間後に「あいつ調子に乗ってるからいじめよう」と誘われたのだ。 小学の件があったのに、馬鹿みたいな話、私はそれを断ってしまった。 「小学の頃いじめてきたあいつらのようには絶対にならない」と思ってしまったのだ。 そして再び私はいじめられることになった。 私をいじめてくる集団の中には私がかばってあげた奴もいた。 そこからは暗黒の時代だった。 朝、学校に行こうとすると腹痛がするし、突発的な吐き気に襲われるようになった。 頻繁に頭が痛くなる。 給食は見るだけで吐き気をもよおし、先生に強制的に食べさせられると戻した。 いじめていた奴らは後ろで苦しむ俺を見て笑っていた。 夜に寝る前は「学校嫌だ」と思い、朝起きたら「学校嫌だ」と思った。 ノイローゼ気味になり強迫神経症の症状が出た。 手ひどいことをされて嫌で嫌でどうしようもなくなった時は、そいつらを拷問して殺す妄想をすることで精神的安定を保っていた。 私にとって正義は完全に陳腐なものになってしまい、それを憎むほどにすらなった。 おかげで、今では相当にひねくれた大人になってしまった。 どこに行ってもゴミみたいな奴はいるんだと思って生活するようになった。 性善説なんて現実を見れていない馬鹿な夢の住人の寝言だ。 だから「いじめられる方にも問題がある」と軽々しく言う奴は「全員地獄に落ちろ」と思う。 あの番組の割合を適用すると人口の四分の三ということになるが、この意見は変わらない。 そういう奴らは多分、いじめる側の頭を持っているんだろうな、と思う。 自分が一回いじめられてみればいい。 自分がいじめられた時に「俺が悪いんだ」と思えるのか。 自分が殴られて、それを見て楽しそうに笑う集団がいる。 私なら「全員、死ねばいいのに」と恨むし、誰でもそのくらい思うだろう。 なのに彼らは「そうか、俺が悪いんだ」と思うのだろうか。 病気だ。 気に入らないことがあればいじめてよいのか?とも思う。 この理屈にイエスと答える四分の三に、「じゃあ、気に入らないことがあれば暴力をふるっていいのか」と聞きたい。 ダメと言うだろう。 私は「なぜ?」と聞く。 「暴力をふるうのは法律で決まっているから」と答えるだろう。 「法律で決まっていなければ何をしてもいいのか?」と問う。 彼らは狡猾な顔をしてニヤニヤしながら「イエス」と答えるだろう。 倫理観の欠片もない。 こういう奴に限って、調子のいい時に人間性とか友情とか言い出すのだ。 「最近はいじめが原因で自殺した人がいると、警察が加害者を特定し書類送検する場合もある。 いじめは時として人を死に追いやるんだ。 お前が考えているほど、軽い行為ではないんだぞ」と言っても、感覚が違いすぎるから理解できないだろうな。 恐らく、本当に本人に原因があっていじめられる場合というのは少ないのではないかと思う。 大半は性根が腐った奴らが集団で弱い者をいたぶりたいだけなのだろう。 いじめたいからいじめるだけであって、そこに理由付けするために相手の欠点をあげつらうのだと思う。 後出しじゃんけんみたいなものだ。 「あの人の悪い点を挙げてみよ」と言われたとして、何個かなら一人ででも思いつくが、多人数の中でこの質問が投げかけられると、自分では思っていなかったその人の悪い点が多く知れ「確かに」と思ってしまうのだろう。 多くの同感が得られ、次第にその人は「ムカつく奴」「敵」と言う共通認識となり、いじめてもよいと思えるのだろう。 あの動画を見て、改めて世の中に絶望したというわけだ。 こんな奴らが良心とか友情とかをテーマにしたドラマを見て、感動の涙を流しているなんて嫌気がさす。 少し前に「小中学校の友人なんてクソみたいなもの」という記事を見たが、激しく同意する。 あんな奇妙な世界、よほど周りに恵まれていない限り、なじめなくて普通だ。 しかし私にも最後に楽しい時間はやってきた。 中学の卒業式の日、こいつらと永遠に話すことはもうないのだと思うと、まるで自分の背中に羽が生えて自由に飛んでいけるような気分さえした。 最後に彼らの姿を後ろから見た時は、「今日が彼らの人生が不幸へと歩みだす、新しい門出となりますように」と願っておいた。 最低だという人もいるだろうが、これくらいは許されるだろう。 いじめられていた当時では絶対に思えなかったことだし、もし中学の頃まで時間が戻っていじめられたら思えないことであるが、全ての苦しみが終わってしまった今となっては、あの子供の時の苦しかった時期は間違いなく自分自身の成長になったと思える。 「あんな馬鹿たちと将来同じ次元にいたくない」と思い、それが一つのモチベーションとなって、高校では勉強を頑張れた。 一年浪人はしたが、希望する国立大学に入学できた。 来年は大学院に進学する予定だ。 もし、小学中学とあんな奴らに流されて何も考えずに行動して、温室のような日々を過ごしていたら、ここまで頑張ろうと思えただろうか?と思う。 現実を知らないお人よしのまま成長していたのではないか。 「見返してやる!」と思って、今よりも大きな向上心を持つことができただろうか。 あそこまで嫌なことを耐え抜いたメンタルの強さを持っていただろうか。 予備校に通うお金がなく、十八歳の時の一年間、家族以外ほとんど人間と話さず一日中勉強机に向かえていただろうか。 私の人生序盤の二大トラウマとして「中学でのいじめ」と「大学受験浪人」がある。 二つとも、直面している当時は嫌で仕方なかったが、今の生活に彩りを与えてくれていると言えなくもない。 夜、寝る前に「明日給食食べなくていいんだ!」とか「あいつらと会うために学校へ自転車こがなくてもいいんだ!」と思って一人で嬉しくなってしまう。 普通に何の憂いもなく眠れることがどれだけ幸せなことか。 当たり前の話、浪人中はテレビを見る時間もなかった。 「少しでも勉強しなければ……」と思って、ゆっくりとした時間をとることもなかった。 しかし今では、夕食が終わった後にYouTubeを見たり、リラックスして漫画を読んだりすることがどれほど恵まれていることなのか身にしみてわかる。 つまり何が言いたいかというと、つらいことを経験していない、ましてや周りの人につらいことを与え、「いじめられる方にも原因がある」なんてふざけたことを言う奴に、自分を成長させたり自分の考えを見つめなおす機会なんて訪れないということだ。 そしてそういう奴らは人口の四分の三を占めているのだ。 何の成長も見込めない思慮の浅い奴らが世の中の四分の三をも占めていて、残りの四分の一が正しく世界を認識しているとさえ思うのだ。 だから、いじめられることはある種「チャンス」なのだとも思う。 いじめられている時は到底そうとは思えないが、全てのりこえて過ぎ去った後に、その過ぎ去った過去と自分を見つめてそう思えるのだ。 だからもし、昔の絶望して死にたがっていた自分や今いじめられている人がいるのだとすれば、それは未来の輝ける自分のための試練なのだと言ってやりたい。 いじめてくる奴らを殺したいと思って、世の中や何もしてくれない先生を憎んでもいい。 周りの奴らが汚らしく腐敗していくのに、お前は数少ない宝石になれる可能性を与えられたのだぞ、だから頑張れと、言ってやりたい。

次の

いじめられる側にも問題がある。

いじめられる側 原因

いじめられる子には、何かしらの特徴があります。 それは一体、何なのか? 気になるところだと思います。 人間は集団行動の中で生活しています。 幼稚園から始まり、小学校、中学校、高校、大学、そして会社と常に組織の中で活動しています。 その組織の中でも集団行動を乱す者、異質な者、特に周囲から 目を引く者があげられます。 理由はどうであれ、 みんなから見て目立つ者はターゲットになる傾向があります。 じゃあ、具体的には何なのか? まとめてみましたので、読んでみてください。 また、 いじめで悪いのは間違いなく、いじめた側です。 許されない行為です。 言語道断です。 組織の中で生活している人間社会において、いじめを完全に0になくすことは難しいのではないかと思います。 ですが、いじめられないように対策することは十分可能です。 特徴を知り、対策をすればいじめられる子は減るでしょう。 もくじ• いじめられる子の特徴について いじめられる子の特徴で小学生の場合 特徴としてあげられるものは、• あきらかに不潔• 自己主張がなく、おとなしすぎる• 勉強ができなすぎる• オシャレすぎて、かえって目立ってしまっている• 他の学校から転校してきた(親の都合もあるので仕方がない)• 運動が極端に苦手• 体型が異質(極端に太っている、痩せすぎ等)• 簡単なことが1人だけできない• 陰口をたたく• 嘘をつく などが挙げられます。 日々、子供を観察し注意を払う必要があります。 変化に気が付いたら、子供に声をかけ、子供の意見に耳を傾けましょう。 早めに気がつくことができれば対処も早くなりいじめられずに済みます。 いじめられる子の特徴で中学生の場合はどうなの? 中学生になっても、上記と同じ小学生の時と同様の原因があげられます。 小学生の時とは違い身体も発達してきます。 言葉もいろいろ学ぶようになります。 いじめが エスカレートしたり、 最悪喧嘩に発展してしまう恐れもあります。 特に子供の行動、友人関係を観察することが必要でしょう。 親にも原因があるの? いじめは、いじめた方が悪い。 当然です。 先に手を出したものが悪いです。 しかし、いじめが起こるには何らかの原因があります。 いじめられる子供の親に何か責任があるのではないか? 育て方の特徴として、• 過保護• 汚い恰好をさせている• 愛情がない• 子供の意見を聞いてない• 子供の要求を認めない などが挙げられます。 Sponsored Link 『 三つ子の魂百まで』ということわざがあります。 これは、 子供が3歳までに受けた教育や愛情で形成された性格は100歳まで変わらないという意味です。 愛情をかけることは常に必要ですが、 3歳までは特に愛情を持って育てましょう。 愛情を受けて育った子供は心が豊かになります。 いじめられる特徴で大人は?社内ではどうなの? こどものいじめとは違い、大人はいじめたりはしません。 面倒な事には関わりたくないという考えがあります。 関わりたくないと考えれば、行動することは「 無視」もしくは、「 見て見ぬふり」です。 そうさせてしまう行動としては、• 仕事ができない• 協調性がなく自己中心的で主張が強すぎる• だらしない• 人の悪口を言う、口が軽い• 人の話を聞いていない• 自分の非を認めない• 他人に迷惑をかけても謝らない• 責任転嫁する• ぶりっ子• マイナス思考 などが挙げられます。 会社組織では、自分と気が合う人、合わない人が必ずいます。 同期や、同じ部署の同僚や上司と交流を深め、仕事をすることはすばらしいことです。 ですが、 同じ仕事をする仲間であって友達ではありません。 一線を置く必要があります。 また、会社で怖いのが人事評価です。 どこかのタイミングで上司に嫌われれば出世街道からは間違いなく外れるでしょう。 そうならない為にも、日々、気を付けて行動しなければならないのです。 まとめ あてはまること、思い当たる点はありましたか? 一度、振り返ってみてください。 あてはまるものがあれば、要注意です。 生活する上で、集団生活の中で生きています。 人間は協調性に欠ける、自己中心的、異質なものは排除しようとします。 また、 嫉妬や憎みでいじめられる可能性も十分あります。 『出る杭は打たれる』ということわざもあるくらいですからね。 ですが、原因が分かれば対策できます。 いじめる人間がいて、いじめられる人間もいる。 また、中立を取っていじめにまったく関わらない人もいます。 『人の振り見て我がふ振り直せ』ではありませんが、なぜ他の人はいじめられないのか? いじめられないようにするにはどうするべきなのか? いじめられない人を真似することも必要ではないでしょうか? 万が一、自分の子供がいじめられていると気がついたとき、『目には目を、歯には歯を』というように、時には相手に立ち向かうことも必要ではないでしょうか? いずれにしても、 いじめは弱い者のすることです。 かっこ悪いのは確かです。 いじめられている人がいたらその人を守るほうが、何倍もかっこいいのです。

次の