神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし。 神は天にいまし、全て世は事もなし : Jesus bleibet meine Freude

ヨブ記感想

神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし

神界の意匠を知らぬ世界の人民は、色々と申して疑がへども、今度の大事業(たいもう)は人民の知りた事ではないぞよ。 澄子が善くなれば、次に役員が善くなる。 役員が善くなれば氏子が善くなるぞよ。 経の役は、口で言はせる事も手で書かせる事も、毛筋ほども違はせられん辛い御役であるなり。 今まで苦労いたした事が、水の泡になりてはつまらんから、大本の辛い行を勇んで致す人民でありたら、神が何ほどでも神力を授けるから、ドウゾ取違ひをせぬよう、慢心の出ぬ様に、心得ておりて下されよ。 世界の神、仏事、人民の為に、神が永らく苦労を致して居るぞよ。 機の初り丹波の綾部、あやの神戸(かんべ)にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就いての譬えであるぞよ。 縦糸はモウ出来上がりて天へ上がりたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、縦糸をかけて棚機姫(たなばたひめ)殿の御用を致すのであるぞよ。 珍しき機の仕組みであるぞよ。 -『伊都能売神諭』/出口直伝達より- モーゼスの霊訓 かくて真理は甲から乙へ、乙から丙へと、次第次第に四方に伝播し、やがて高山の頂峰から、世界に向かって呼びかけねばならぬ時代も到着する。 見よ、その時、この隠れたる神の子達が、大地の下層より隆起して、自己の体得し、また体験する所を、堂々と証言するであろう。 最初は細き谷川の水も、やがて相合して、ついに神の真理の大河となり、洋々として大地を洗い、その不可抗の力の前には、現在汝等を悩ます愚痴も、不信も、罪悪も、虚偽も皆、跡形もなく一掃されるであろう。 シルバーバーチの霊訓 即ちかの偉大にして素晴らしい計画、その中に皆さんの一人ひとりは、自らの小さな絵模様を織りこみつつある。 やがてこの織物は完成するだろう。 その暁には、各民族各人種はその所を得て、ここに完全な世界が現出することになる。 静寂の中に産まれつつあるもの、何物も動いているとは見えない時に、それこそ織られつつある刺繍(ししゅう)の一部。 日に夜をついでこの作業は進む、他日地上の子等すべてを多い尽くす。 大いなる織物を織り上げる作業が。 あなたの使命はまだ終わっておりません。 まだまだこれから織っていかねばならない糸が残っております。 この世に残すべき足跡、あなたのこの地上生活に計り知れない意義をもたらした霊的真理を何らかの形で残していく仕事が、まだ残っています。 神の国のまことの神の力をあらはす世となれる、仏もキリストも何もかもはっきり助けて七六(しちむ)かしい御苦労のない世が来るからみたまを不断に磨いて一筋の誠を通してくれよ。 今一苦労あるが、この苦労は身霊をみがいておらぬと越せぬ、この世はじまって二度とない苦労である。 -『日月神示』/岡本天明伝達より- シルバーバーチの霊訓 今日いま一度、地上には霊的な力が投入されている。 地上の者は誰一人として、この大きな潮の流れを、阻止する事はできないであろう。 霊的な大きな力が、いま地上世界に向かって降りていく。 地上のあらゆる国々で、次第にこの力が感得されていく。 いま地上では大事業が進展している。 それは地上の利己と無知を打破しようとする運動である、やがて時来れば、この事業は必ず達成される。 だが、その前に必ず大きな産みの苦しみがある。 政治・経済 (前略)・・・最近の反宗教運動に関する意見を叩く機会をとらえることができた。 「反宗教?わしの方は大賛成じゃ。 もともとわしの方は昔から反宗教で押し通して来たんじゃからな」 「でも、大本教だって宗教の一種である以上は、反宗教運動の対象になるんじゃないですか?」 「いや、大本は決して『宗教』じゃない。 『大本教』というのは、いはば新聞辞令で、わしの方は『大本』といってるだけじゃ。 『大本』は政治も経済も芸術もみんな引っくるめた宇宙の大本を説いているのであって、現在ある『宗教』のようなけちなもんとわけが違う」 -昭和6年10月号『文芸時代』「出口王仁三郎訪問記」より- (前略)総て何事でも政治、教育、実業、医学、暦法、天地文学、科学、宗教、哲学、その他一切のものは皇祖皇宗の御遺訓なる皇典古事記に包含されて居る。 しかして皇道は政治の大道が主眼になって居ります。 政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、まつりごとではないぞ。 何時も与へるばかりでないか。 神の政治、神国の政治は与へる政治とくどう申してあろがな。 今のやり方では愈々(いよいよ)苦しくなるばかりぞ。 まつらふことによって何もかもうれしうれしになるのざぞ。 これは政治ぞ、これは経済ぞと申してゐるから「鰻つかみ」になるのぞ、分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ。 -『日月神示』/岡本天明伝達より- シルバーバーチの霊訓 やがて新しい民族が台頭する。 その民族は一切の政治も宗教も科学も、ただ一なるものの各部分である事を認める。 その日には、苦しみも涙も嘆きも災いも消え失せ、地上は唯、微笑みと幸福の国と変るだろう。 地上には三つの課題がある。 第一は無知、第二は悲しみ、第三が飢え、この三つはいつまでも消えないだろう。 心霊知識が政治と結びつき、人々が心霊知識を身につけて、それに従って生きるようになるまでは。 人に奉仕することをしないで、どうやって神に仕えることができようか。 地上世界は用語とか名前とかレッテルとかを気にする。 私は一言で、これを奉仕という。 皆さんはこれを、政治学とか経済学とか社会学とかいう。 だが、これは単に表現の相違に過ぎない。 筆先に一度出した事は、チト速し遅しはあるなれど、毛筋も違はん事ばかりであるから、皆でてくるぞよ。 人間は近欲で疑い深いから、何も分からんから疑ふ者もあるなれど、この神示一分一厘違がはんのざぞ。 -いづれも『日月神示』/岡本天明伝達より- シルバーバーチの霊訓 今地上のあらゆる所に、不満の雲がただよっている。 しかし夢あふれる春と成就の夏が近づいて来る。 その到来は、神の子等がその自由意志を鍛える歩調に応じ、早くもなり遅くも成る 神の奇跡 信仰の浅きもの、近欲なるものは、神の奇しき働きを求むるものなり。 帰神ばかりに凝ると、最初は人が珍しがりて集りて来るなれど、余り碌な神は出て来んから、終ひには山子師、飯綱使、悪魔使いと言はれて、一代思はくは立たんぞよ。 それのみで道を説いてはならんぞ。 そんなこと位でマコトのホッコン改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心して御座るぞ。 -『日月神示』/岡本天明伝達より- モーゼスの霊訓 つまり人間は、奇跡を演じてみせようとすると感心する。 そして自分の個人的興味がそそられ好奇心が満たされる限りは、ついてくる。 が、その段階から引き上げ、自己中心的要素から脱して、永遠の価値を有する本格的真理へ近づけんとすると、背を向けます。 高すぎるものは受け入れられないのです。 そこで神の計画が挫かれ、神より託された人間への恩恵が、にべもなく打ち捨てられます。 心霊現象は、あくまでも霊の実在を確信させるための手段にすぎないことを心得られたい。 その一つ一つが霊の世界から物質の世界への働きかけの証なのです。 それだけのものと理解し、それを霊的神殿を建立するための基礎として活用してほしい。 現象はどういじくってみたところで、それ以上の価値は出てきません。 それに、霊側がこれ以上やっても無駄とみた時は、そうした現象を得意とする低級霊に譲って引き上げてしまうものです。 かくして折角の奥深い啓示の機会が逃げ去ることにもなります。 シルバーバーチの霊訓 人間には、ただ単に病気を治すだけでなく魂の琴線に触れて霊的真理に目覚めさせる偉大な霊力が宿されております。 私はこれからこの霊力について語り、あなたがたにぜひ理解していただきたいと思います。 というのは、心霊治療もそこに本来の存在理由があるからです。 魂の琴線に触れた時こそ本当に成功したといえます。 なぜなら、その体験によって魂の奥にある神の火花が鼓舞され、輝きと威力を増すことになるからです。

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神は天にいまし、全て世は事もなし : Jesus bleibet meine Freude

神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし

ネルフのキャッチコピーと赤毛のアンで有名なブラウニングの一節。 God's in his heaven,all's right with the world! 時は春、 日は朝、 朝は七時、 片岡に 露みちて、 あげひばり、名のりいで、 かたつむり、枝にはひ、 神、空に しろしめす、 すべて世は 事もなし。 朝の雨(あしたのあめ) Early Morning Rain ペトロとパウロとマリア 早朝の雨に打たれて 手のひらには1ドル硬貨 心の痛みと ポケットは、砂まみれ 故郷を遠く離れて 恋人まで失った 早朝の雨に打たれて 行き場のない俺 滑走路9番から 巨大な707は、飛び立ってゆく 冷たい風の吹きすさぶ 草原の上に立ちすくむ俺 今酒の味は、心にしみる 女たちの行動は素早く 恋人は、友達に そして彼女は過ぎ去ってゆく 力強いエンジンの音を聞きながら 銀の鳥が上昇するのを見つめている 彼女は、西へ向かい 雲のはるか上を飛んでゆく 朝の雨の降らない、 太陽がいつも輝いている場所へ、 わずか3時間のフライトで 俺の故郷も飛び越えてゆく この古い空港は、俺を落ち込ませる でも俺に最適の場所など地球上にありはしない 冷たい地面の上に立ちすくみ 酒で温めるしかない俺 列車に飛び乗るように ジェット機に飛び乗ることなどできないし このまま旅を続けるしかない俺 全て世は事もなし、どころか悩みだらけ。 ピッピのように元旦しか休みがない訳じゃないけれど、週休二日の世の中で、久しぶりに休みが取れたので、 おひとりさまドライブで高尾山に行った。 インドア趣味のギターを少しだけ弾き、歯医者に行ってから、中央道を走らせる。 調布という看板が、ユーミンともう行方の知れない姉を思い起こさせる。 八王子からあっという間に高尾山に着く、駐車場は結構いっぱい。 土日は厳しそうだ。 登山をする気はないのでケーブルカーで上に向かう。 北海道産黒豆と書かれた高尾山天狗まんじゅうののぼりがシュールだ。 上まで、日本一の急こう配をケーブルカーは行き、ついたと思いきや。 上まではそこそこ歩く。 階段の数を前の人が数えて登っていた。 108段、煩悩の数だ。 猫みたいな犬がいる。 山頂に登るのはあきらめて、下山、と言ってもケーブルカーで。 ここにも白秋あり。 カトリック八王子教会へ 住所を書いた紙を忘れて来たけれど、ナビで辿り着く。 最終的には電信柱の案内が頼りだった。 幼稚園の中にある感じだった。 結局、望遠は出さずじまい。 撮影の仕方を書いた本もほとんど読んでいないから、専門用語が全く分からない。 何でも、最初は分からないことだらけ、進んでいくと少しは分かることがあり、分からないことが永遠に続いて行く。 日常的に見られる光景のなかに、輝くものがあり、メッセージが聞こえてくる。 それは、そうした一切の背後に神がおられるから、神の御手によってそれらがなされているからなのである。 その神に信頼するならば、すべて良し! と言える。 不正と闇に満ちた現実の世界にあって、私たちは、愛と真実の神、万能の神を信じるときには、こうした気持を持つことができる。 主イエスは幼な子のような心によらなければ、天の国を見ることはできないと言われた。 この歌は、悪に入り込んだ人たちの心に清流を流す少女の歌として劇詩に現れる。 また、モンゴメリの「赤毛のアン」では、その最後にこの詩の最後の部分が引用されている。 「『神は天に在り、この世は総てよし』」と、アンは小さくつぶやいた。 at 2017-07-04 21:28 at 2017-07-04 20:36 at 2017-06-14 23:16 at 2016-07-25 00:03 at 2016-07-19 20:36 at 2016-07-19 20:26 at 2016-07-19 20:16 at 2016-05-28 22:15 at 2016-05-28 21:57 at 2016-05-28 21:38 at 2016-05-07 01:04 at 2016-05-06 23:52 at 2016-05-06 22:45 at 2016-05-06 21:24 at 2016-05-06 20:36 at 2016-05-06 20:15 at 2016-05-06 20:09 at 2016-05-06 18:36 at 2016-01-17 23:32 at 2016-01-17 22:20.

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神は天にいまし すべて世は事もなし

神 は 天 に いま し すべて 世 は 事 も なし

今日、ある会報誌への原稿を書いていました。 自分の半生を振り返り、人生の晩年を迎えるにあたり、後悔することも多々あったことを思い出しながら、、、ひょんな事からの「プロフェッショナル仕事の流儀」の録画を観て氏が呟いた伝道の書の一節が響きました。 彼の別荘が伯父の家の近くにあります。 だいぶ前に、考古学をしていた伯父の頼みでに寄稿してもらったことがありましたが、その博学な原稿に驚いたのを思い出しながら、彼が伝道の書の一節を誦じているのにも頷きました。 今日示された伝道の書の9章は、主のわたしへの慰めの言葉にも、励ましの言葉にも聞こえてきます。 伝道の書9章7-18 口語訳 7あなたは行って、喜びをもってあなたのパンを食べ、楽しい心をもってあなたの酒を飲むがよい。 9日の下で神から賜わったあなたの空なる命の日の間、あなたはその愛する妻と共に楽しく暮すがよい。 これはあなたが世にあってうける分、あなたが日の下で労する労苦によって得るものだからである。 あなたの行く陰府には、わざも、計略も、知識も、知恵もないからである。 11わたしはまた日の下を見たが、必ずしも速い者が競走に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのでもない。 また賢い者がパンを得るのでもなく、さとき者が富を得るのでもない。 また知識ある者が恵みを得るのでもない。 しかし時と災難はすべての人に臨む。 12人はその時を知らない。 魚がわざわいの網にかかり、鳥がわなにかかるように、人の子らもわざわいの時が突然彼らに臨む時、それにかかるのである。 13またわたしは日の下にこのような知恵の例を見た。 これはわたしにとって大きな事である。 ところがだれひとり、その貧しい人を記憶する者がなかった。 16そこでわたしは言う、「知恵は力にまさる。 しかしかの貧しい人の知恵は軽んぜられ、その言葉は聞かれなかった」。 18知恵は戦いの武器にまさる。 感謝です。 後半は、サムエル下20:15-22の内容を伝えているのでしょう。

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