笹山 直規。 「現在幽霊画展」[ 8/8 (sat)

死体画家が大阪で日本最後の個展 題材は事故や殺人で亡くなった人々

笹山 直規

経歴 [ ] 映画少年からシネフィル、AV監督へ [ ] 1966年12月20日、富山県氷見市で生まれ 、高岡市で育つ。 10歳の時に映画『』が公開されたことに刺激を受け、一人で劇場に足を運び、自然と「映画監督になりたい」と思うようになる。 中学生になると一層映画館へ通うようになり、劇場に弁当を持ち込んで『』を一日中見るほどだった。 また、家庭でも親子で『』やの監督作品を観るなど、両親は子供だからと残酷描写を子供の目から隠したりしなかった。 富山県立高岡高校一年の頃から自主映画の撮影を始める。 慶應義塾大学に進学。 当時はで社会全体が軽佻浮薄な方向に流れ「ひとつのことに打ち込むことがバカにされる時代」であったが、同じ方向を目指す者同士が集まり映画制作を続けた。 サークルの先輩の紹介での批評を書いていたことからAV業界に詳しくなり、人権団体と争ってでも作品を出すの姿勢や、当時が潰れて、その人材の受け皿となっていたシネマジックを見、「AVから日本の映像文化が変わると確信」してAVの世界に飛び込むことになる。 1994年死体写真家誕生 「死体に目が眩んで」 [ ] シネマジックには2年半勤めたものの、27歳になりAV業界での活動に限界を感じ始めていた。 その時、悪趣味を売りにする雑誌『』の編集者 にタイで死体写真の撮影を勧められ、それまでは写真は映像より劣る物と考えていた ものの、行きを考えていたこともあって承諾、タイでの撮影後、ロサンゼルスへ行き、さらにそこから近いということで1995年1月へ行くことになった。 死体作家としての活動を始めてわずか一年でNGギャラリーでの個展開催と写真集「danse macabre to the HARDCORE WORKS」の発売を実現させた。 後に、釣崎は「自分たちは純粋培養でどうしようもなく甘い世代だから、ただ絶望して潰れてしまうより自発的に突破口を切り開いていかないと何も変わらないという思いがあった。 例えば、実際の死に触れないでホラー映画監督になるほど、僕は恥知らずじゃない」と語っている が、このコロンビアでの体験は衝撃的なものとなった。 当時のコロンビアは政府とという巨大犯罪組織との間に繰り広げられた麻薬戦争が終わって間もなく、その残党や後を取ったの跳梁は元より、左翼ゲリラが国土の三分の一を支配し、極右民兵組織なども入り乱れる内乱状態にあり、麻薬や誘拐、暗殺といった犯罪が日常化した世界だった。 首都で死体の撮影を求めてマフィアとの接触を図っていた釣崎は、を専門とするオロスコと出会い、その生き様に惹かれて長期の撮影に入る事になる。 製作期間は3年間におよび、1998年にクランクアップ。 1999年「死化粧師オロスコ」を完成させ、2000年7月にアップリンクで公開、1年間ロングラン上映された。 ゼロ年代 世界を駆け巡る日々 [ ] 自著の「死者の書」に記載されているだけでも、2001年 9月11日アメリカ同時多発テロの2ヶ月後訪問したパレスチナを皮切りに、2002年5月、コロンビア ボゴタにあるエルカルトゥーチョ、2003年 10月、コロンビア カリ、2004年6月 パレスチナ自治区 ジェニン、2004年10月タイ、2006年インド バラナシ、2006年10月フランス カタコンブ、2007年1月インド 世界最大の祭典 クンブメーラ、2007年メキシコ、2007年日本の樹海、2008年12月 メキシコのメキシコシティと世界中を駆け巡っている。 また、ゼロ年代後期は日本における表現活動を活発化させた。 2005年3月ヴァニラ画廊で個展「DEADLY SPEED」を開催。 のちに石丸元章の詩篇とオリジナルプリントを併せて『10 stories of DEADLY SPEED』 として作品化。 2006年12月15日、一冊10万円、限定50部で発売され完売。 2005年は、7月に月刊誌BURSTの5年間の映画批評連載をまとめた『ファイト批評』をアイカワタケシとの共著で発売。 同年10月に再度ヴァニラ画廊でオロスコのDVD化を記念して個展を開催。 2006年2月10日から26日まで、大阪Subterraneansで釣崎清隆写真展『 HARDCORE WORKS 2006 』を開催 次に大阪で写真展が開催されるまで13年を要することになる。 同年3月には、"インドで死体を撮ってきている写真家が多いことから敢えて避けていた"インドのバラナシを石丸元章とともに訪問。 9月28日から10月26日にパリのKennory Kimギャラリーで、写真集発売を記念した個展『REVELATIONS』を開催。 2007年、死体写真家になって13年目で初めて日本の樹海での撮影を敢行。 同年、映像作品『JUNK FILM』を発売。 『JUNK FILM』 は、2008年1月23日から2月3日まで開催されたロッテルダム国際映画祭に正式出品された。 2008年3月19日から4月5日に個展 Carnage scenesをSOUPで開催。 2008年3月28日、アップリンクから『死化粧師 オロスコ』完全版DVDを再デジタルリマスタリングして発売。 2008年7月27日の『ジャンクフィルム 釣崎清隆残酷短編集』 DVD 発売を記念して 2008年7月21日から27日まで、 渋谷「アップリンクX」にてレイトショー公開。 7月20日から31日まで、 大久保ザ・ゲトー内、「百ギャラリー」にて 『バースト・ハイ』プレゼンツ、 釣崎清隆写真展『ジャンクワークス』を開催した。 2008年9月15日、カナザワ映画祭2008 フィルマゲドン」にて、『ジャンク・フィルム』 と『死化粧師オロスコ』 を上映。 2010年6月4日から30日まで田園調布 SAKURAZAKA ギャラリーで写真展「ALIVE! 」開催。 2010年、モダンフリークス福田光睦が主催する進捗ナイトに、ケロッピー前田、佐々木孫悟空と参画。 これ以降、進捗ナイトは、メンバー、イベントやライブストリーミングなどのメディアを変えながら、いまだ継続中である。 東日本大震災以降 [ ] 2011年3月、東日本大震災の発生直後に被災地を取材。 2011年10月 「死体に目が眩んで」の文庫本発売を記念して、同年10月15日から11月15日にかけて、3年ぶりの写真展を中野OMEGA ALGEAで開催。 翌2012年、Corruptedとの本格コラボのショックメンタリー3部作最終篇『WASTELAND』がアップリンクX(渋谷 9. 1~7)第七藝術劇場(十三 9. 22~28)に公開。 2012年10月5日、「THE WASTELAND」のDVDを発売。 東北大震災までの過去の釣崎の映像作品にCorruptedの音楽が全編に渡り流れる。 説明的な作品ではないが、東日本大震災の直後に発売された「死者の書」により映像の背景がわかる。 また、2012年は写真集「DEATH:PHOTOGRAPHY 1994-2011」を発売。 これにより、大震災直後に書籍、映像、写真による死体写真家としての総括がされたことになる。 2013年6月から、取材、また憂国的感情から、周辺で放射線測定の作業員として長期にわたり働いている。 釣崎が働く会社は、国の法令違反基準の確認項目全てに違反している最下層の下請け会社で 、全員同室で寝起きする雑魚寝状態のだという。 釣崎は、後の福島に現れた状況を、や宝石鉱山を思い起こさせる、かつての高度成長期のタコ部屋などの労働環境と同質のものと語り、その実態を利権抗争の繰り広げられる「暴力大陸」と形容している。 に関しては、原発推進派ではないが、原子力技術の研究を盲目的に捨て去るような非合理でヒステリックな政策は取るべきでないとの考えである [ ]。 2015年12月、「女性の死体」をテーマにアーティストの笹山直規との2人展『IMPACT』を高円寺素人の乱12号店「ナオナカムラ」で開催。 その成果は2017年5月13日から21日まで「ナオナカムラ」で開催された釣崎清隆+笹山直規展覧会『Onces de la Noche』で披露された。 2016年1月30日から2月27日まで丸木美術館で開催されたグループ展『私戦と風景』に参加。 同年7月フィリピン取材。 、東京都世田谷区豪徳寺の自宅アパートで、物置のブーツの中に覚醒剤約1グラムを所持していたとして、警視庁に現行犯逮捕された。 「中南米で麻薬組織を取材した時に勧められ、覚醒剤を使い始めた」「瞬間的に頭がさえ、帰国後も使用していた」と話しているという。 2018年12月、作家歴四半世紀の集大成として本邦初の死体写真集「THE DEAD」を東京キララ社より上梓。 2018年12月14日から26日には、「THE DEAD」発刊記念としてで釣崎清隆 回顧展「Days of the Dead」を開催。 2019年には発刊記念の写真展「Days of the Dead」を広島、大阪、名古屋で行っている。 作品 [ ] 映画 [ ]• 『死化粧師オロスコ』1999年 スペイン語 監督・撮影 釣崎清隆 2001年モントリオール世界映画祭 Cinema of Tomorrow部門選出。 第4回ボゴタ国際ドキュメンタリー展選出。 第10回テッサロニキドキュメンタリー映画祭Recording of Memory部門選出。 『ウェイストランド THE WASTELAND』2012年 監督・撮影・編集 釣崎清隆 音楽 Corrupted "El Mundo Frio" H:G fact 制作 オロスコ製作委員会 著書 [ ]• 『世界残酷紀行 死体に目が眩んで』 リトル・モア 2000年• 『ファイト批評』 共著 洋泉社 2005年• 『死者の書』 三才ブックス 2011年• 『エメラルド王』 共著 早田英志 新潮社 2011年• 『原子力戦争の犬たち 福島第一原発戦記』 東京キララ社 2017年 写真集 [ ]• 『danse macabre to the HARDCORE WORKS』 NGP 1996年• 『REVELATIONS』 IMHO DWW社 2006年• 『REQUIEM DE LA RUE MORGUE』 IMHO DWW社 2006年• 『10 stories of DEADLY SPEED』 自主制作 2006年• 『DEATH:PHOTOGRAPHY 1994-2011』 Creation Books 2012年• 『THE DEAD』 東京キララ社 2018年 出典・脚注 [ ]• tsurisaki. 2019年9月22日閲覧。 スーパー変態マガジン『』()の元編集者。 また小林はシネマジックの社長、横畠邦彦がかつて雑誌編集者だった時代の後輩にあたる。 株式会社ローソンエンタテインメント. www. hmv. 2019年9月18日閲覧。 x51. org. 2019年9月21日閲覧。 www. uplink. 2019年9月21日閲覧。 webDICE. 2019年10月8日閲覧。 www. eiganokai. com. 2019年10月8日閲覧。 メールマガジン『Modern Freaks』:ブロマガ - ニコニコチャンネル. 2019年9月19日閲覧。 webDICE. 2019年10月8日閲覧。 労働者は、薬物中毒などを経てきた者等が多く、労基などに駆け込まないように洗脳下に置き、退職を希望すると働き続けるよう恫喝されるという。 ナオ ナカムラ. 2019年9月18日閲覧。 ナオ ナカムラ. 2019年9月18日閲覧。 2017年8月3日. 2017年8月3日閲覧。 日テレNEWS24. 2017年8月3日. 2017年8月3日閲覧。 gankagarou. 2019年8月14日閲覧。 オロスコのDVD化が十年近く遅れたのはで北米市場からの引きが壊滅したため。 参考文献 [ ]• 「死体写真家対談 死体にまたがった男たち 八雲順一vs釣崎清隆」 『危ない1号 第2巻』 pp20-23 データハウス 1996年4月25日• 釣崎清隆 「世界一素敵な国コロンビア」 『危ない1号 第3巻』 pp228-235 データハウス 1997年9月30日• 釣崎清隆 『死者の書』 三才ブックス 2011年3月26日 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• この項目は、・に関連した です。 この項目は、に関連した です。

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【3/14】「会田誠の月イチぼったくりBAR」第12夜 ゲスト:笹山直規

笹山 直規

15日まで。 交通事故や殺人事件などで亡くなった人たちをモチーフとして描かれた絵は、どれをとっても強烈なインパクトがある。 今回の展示はSNSを中心に広がり、両会場には連日、多くの人が訪れている。 笹山氏単独での個展は4年ぶりだが、今回を最後に、日本での活動に終止符を打つという。 「日本で15年ほど活動してきました。 もう未練もなければ、興味もないです。 もっと評価されたかったですけどね。 もともと、現代アートというのは、欧米の人たちによって作り上げられたものです。 日本人はそれをマネしているに過ぎません。 自分は、長年西洋美術を勉強してきました。 今後は米国で活動するという。 「目指すところはニューヨークです。 最初の3か月が勝負。 現地に着いたら一気に制作し、作品をギャラリーに売り込みます。 契約に結びつけなければなりません。 今、英語の猛勉強をしています。 もっと早くからやっておくべきでした」 なぜ笹山氏は死体を描くのか? 「セザンヌがリンゴをモチーフとして絵を描くのと同じで、自分は、死体がモチーフとなっているのです」などと説明。

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笹山直規という作家

笹山 直規

笹山直規さんと「KITCHEN MAMA セット」 の木版(版画) 展覧会を企画した笹山さんは、「KITCHEN MAMA セット」というインスタレーションと木版(版画)を出展している。 笹山さんは、死体の絵を専門的に描く死体画家として知られていて、昨年は、大阪で大規模な展覧会も行っている。 木版に描かれているのは女性の死体だ。 隣のラーメン店で話を聞いた。 「私の明るい食卓 -Dead Tired Gurl-」 笹山直規 「自分の作品には、子どもの頃に遊んだものが登場しています。 キッチンの上に並べられている野菜や包丁がそれです。 おままごとに使っていたものですね。 みんな子どもの頃は、将来の家庭に夢や憧れを抱いたと思います。 『台所には、可愛い奥さんがいて……』というシチュエーションですね。 その一方で、台所というところは、夫婦喧嘩や殺傷事件が行われる場所でもあったわけです。 今回は、ホンモノのまな板を彫って、木版を作ってから版画を作成しています。 台所で実際に起こった凄惨な事件を表現しています」(笹山直規さん) 「ALI-KAさんは、作品をどんどん腐らせていくという作品を展示しています。 この作品の下地になっているのは、有刺鉄線です。 作品を作るときは、それに向かって食材を投げつけています。 もちろん腐臭対策もしています。 空気清浄機を購入しました。 祐源紘史さんは、ケンタッキーで売っているチキンの骨を組み合わせて人骨の作品を作っています。 これからニューヨークで展示があります」(笹山直規さん).

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