エイベックス四人組。 政府系商工中金、一大不正発覚、新社長の「経歴書」…名門銀行の大粛清主導した「四人組」

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グループオフィシャルサイトは、11月1日の正午にオープン。 同日20時、メンバー7人はインスタライブを実施し、新曲のリリースと初ライブの詳細を発表。 初音源リリースはストリーミング限定でのEP作品「SUNGENIC ep」。 同作は新曲2曲に加え、a-genicとしてこの夏披露してきた楽曲「READY GO」と「夏恋」も新たに7人バージョンでレコーディングされ、計4曲が収録される。 リード曲「SUN COMES UP」の作詞・作曲を手掛けたのはDa-iCEの工藤大輝。 試聴タイムで同曲のサビが流れるとファンからは「ずっと待ってた!」「嬉しい」など歓喜のコメントが寄せられていた。 なお、「SUNGENIC ep」は11月15日を皮切りに毎週金曜日に1曲ずつ追加されていくというストリーミングならではの配信スタイルとなっている。 さらに、彼らにとって初ライブとなる「GENIC Premium Showcase 2019」は、12月16日に東京・渋谷のTSUTAYA-OWESTで開催。 同ライブイベントは招待制で行われ、11月15日から配信される「SUN COMES UP」のLINE MUSIC再生回数上位350名が招待されるという。 配信最後にリーダーの西本茉生は「今日、色々な情報が解禁になりましたが、これはこれからはじまるGENICの序章だと思っています。 これからGENICの7人とファンのみなさんとで一緒の時間を過ごしていけたらと思っています。 たくさんの思い出をつくっていけるよう、そしてたくさんの人にGENICのことを知ってもらえるよう頑張ります!」と意気込んだ。 《KT》.

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CDタイトル別インデックス

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エイベックス・エンタテインメント 株 ・ 株 テレビ東京ミュージック・ 有 鈴木淳音楽事務所の3社が共同で合唱コンクール「Luxis たちどまればいいさ 合唱コンクール」を実施することになった。 Luxisは、ちあきなおみ「四つのお願い」などのヒットで知られる作曲家の鈴木淳と俳優の松平健がプロデュースする長身女性3人組ユニットで、2008年5月にエイベックスJ-moreレーベルからデビュー。 昭和を感じさせる懐かしいメロディーと、美女3人によるハーモニーを武器に、音楽番組で共演した徳光和夫氏に絶賛されるなど、着実にファンを増やしてきた。 「たちどまればいいさ」は2009年2月11日にリリースされたLuxisの2ndシングル。 70年代歌謡曲の持つ懐かしさと80年代ポップス黄金期を彷彿とさせるサウンド、そして現代の空気を捉えたメッセージ性を微妙なバランスでミックスさせた、3声合唱には最適な楽曲で、本コンクールの課題曲となっている。 本コンクールは、男女問わず3名~100名で3声コーラスなら誰でも参加でき、参加費は無料。 全日本合唱連盟によると、日本の合唱人口は300万人ほどと見られるという。 その方々以外にも、応募に関する敷居の低さと、特典の豪華さから興味を引く人も多いだろう。 我こそはと思う人は、是非ともエントリーして欲しい。 2ndシングルとなる今作は、70年代歌謡曲の持つ懐かしさと80年代ポップス黄金期を彷彿とさせるサウンド、そして現代の空気を捉えたメッセージ性を絶妙なバランスでミックスし、幅広い層に響く3曲が出来上がっている。 そして何よりも現在のポップス・シーンでは希少な、女性3声による絶妙なハーモニーが最大の武器。 松平健主演のサントリー『冬道楽』のCMにも出演し、現在はフジテレビ系ディノス通販番組「通販DJ」にて、「シェイプビートXターボ」のコーナーに出演している。 たちどまればいいさ(作詞:宮原芽映/作曲:鈴木淳) 2. みんな愛をさがしてる(作詞:宮原芽映/作曲:鈴木淳) 3. 潮風に誘われて(作詞: Y. Keiko /作曲:鈴木淳) 4. TV』毎週O. 記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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エイベックス・グループ

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商工組合中央金庫本店(「wikipedia」より) 政府系の 商工組合中央金庫(商工中金)は1月12日、不正融資問題で引責辞任を表明していた安達健祐社長の後任に、 プリンスホテルの関根正裕取締役常務執行役員を起用すると発表。 政府は同日の閣議で、この人事を了承した。 3月27日に開催予定の臨時株主総会を経て社長に就任する。 国の融資制度である「危機対応融資」で不正が発覚し、元経済産業省事務次官の安達社長が昨年10月、引責辞任を表明。 政府は「民間出身で企業再生の実績がある人」を条件に、後任の人選を進めてきた。 元地方銀行トップや総合商社の役員に就任を打診したが、調整が難航した。 最終的に、銀行出身で西武ホールディングスの再上場やプリンスホテルの立て直しに手腕を発揮した関根氏に再生を托すことになった。 関根は世間的には無名だが、広報の世界では有名人だ。 これまで裏方に徹してきたが、初めて表舞台に立つことになる。 関根氏は1981年、早稲田大学政治経済学部を卒業し、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。 広報畑を歩き、77年に発覚した総会屋への利益供与事件で行内改革の一翼を担う。 当時、関根氏などの中堅幹部は、第一勧銀そのものが存亡の危機にあると感じていた。 こうした折り、「四人組」が登場した。 企画部副部長の後藤高志氏(72年入行)、企画部次長の藤原立嗣氏(同76年)、広報部長の八星篤氏(同72年)、広報部次長の小畠晴喜氏(同77年)の企画・広報畑の中堅幹部の4人が、毛沢東時代の末期に中国で実権を握った若手グループになぞらえて「四人組」と呼ばれた。 名古屋副支店長だった関根氏は、小畠氏から本店広報部に呼び戻されて、「四人組」と行動を共にする。 検察庁の動きに関する情報収集、総会屋と絶縁するための警視庁との連絡や警備依頼、殺到するマスコミへの対応などを担当し、まるで「戦う広報」だった。 第一勧銀の首脳陣は危機対応を「四人組」に頼るしかなかった。 第一勧銀が相談役5人と会長、正副頭取、専務、常務、取締役ら計26人の大粛清を決断した背後には、経営陣の大刷新を求める「四人組」の強い意志があったとされる。 一度は藤田一郎氏に決まっていた次期頭取人事を撤回して以降、「四人組」が首を縦に振らなければ、新頭取になった杉田力之氏は何も決められなかったと伝えられている。 実質的に、この「四人組」が第一勧銀の実権を握った。 その後、「四人組」は総会屋など反社会的勢力から銀行を救った功労者として出世を遂げた。 後藤氏は審査第四部長、八星氏は横浜支店長を経て調査室長となり、それぞれ執行役員に抜擢された。 小畠氏は業務統括室長から高田馬場支店長に、藤原氏は荻窪支店長から大阪営業部長へと昇進した。 いずれも、同期の出世頭。 だが、当然のごとく「四人組」に対するやっかみも生まれた。

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