君の手が触れていた指を重ね合わせ。 菅田将暉「まちがいさがし」の歌詞の意味は??米津玄師が作詞作曲を担当

まちがいさがし/菅田将暉の歌詞

君の手が触れていた指を重ね合わせ

ドラマ「パーフェクトワールド」主題歌、 菅田将暉『まちがいさがし』。 先日MV再生数1億回を突破した楽曲「灰色と青」でコラボした米津玄師さんプロデュースということで大きな注目を集める一曲です。 リリースは5月14日。 こんな記事もあります 楽曲について 「灰色と青」でのコラボ以来、プライベートでも親交を深めてきた菅田将暉さんと米津玄師さん。 会うたびに「なんかやりたいね」と話していく中で、「菅田将暉に歌わせるんだったら気抜いた曲作れない」という米津さんの思いから、想定を半年ほど上回る長い時間をかけて楽曲が完成しました。 お互いを天才と称えあう2人の熱い思いの詰まった一曲です。 また、楽曲完成後、ドラマ 「パーフェクトワールド」の主題歌に決定。 今年一番注目度の高い楽曲といっても過言ではないのかもしれません。 歌詞解釈 まちがい探しの まちがいの方に 生まれて来たような気でいたけど まちがい探しの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う 相応しく笑い会えること なぜだろうか涙が出ること 君の目が貫いた 僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 退屈なくらいに 何気なくそばにいて 間違いだらけのささいな隙間で くだらない話をくたばるまで 正しくありたい 会えない淋しさが 何を育んだでしょう ひとつずつ探し当てていこう 起きがけの 子供みたいに 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんて どうでもよかった 瞬く間に落っこちた 青い靄の中で 君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ 君の目が貫いた 僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 誰にも見せない顔を見せて 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師 「まちがい探しのまちがいの方に生まれて来たような気でいた」。 この楽曲は、まちがいさがしのまちがいの方のようなどうしようもない自分、世界を、「君」という人物の存在を通して受け入れようとする楽曲であるように思います。 「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、 でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」。 この楽曲について、米津さんはこう語っていたそうです。 間違いだらけの世界だからこそ、完璧な世界ではないからこそ、君に出会うことができた。 それだけで、間違いか正解かなんてもうどうでもいいと思えた。 だから、君といることで間違いの世界に生まれてしまった自分を肯定できる... というわけ。 1番からゆっくりと解釈していきます。 まちがい探しの まちがいの方に 生まれて来たような気でいたけど まちがい探しの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師 「まちがい探しの まちがいの方に生まれて来たような気でいた」。 誰もが抱える名状しがたい不安です。 自分の存在を肯定できないのは、正しい理想像としての自分の存在を心のどこかで思い描いていて、それが自分とどこかかけ離れた存在だからなのかもしてません。 自分であることには変わりないけれど、現状の自分は何かができそこなっている。 ここではそんな自分を 「まちがい探しのまちがいの方」と捉え、正しい理想の自分の姿、世界との対比を 「まちがいさがし」と見事に表現しています。 完璧な美しい比喩です... でも、まちがいのほうだからこそ、完璧な世界ではないからこそ生まれる出会いもあるはずです。 理想の自分が歩む人生では決して出会うことがなかったであろう人物。 この楽曲では、一曲を通してその人物に対する思いが歌われていきます。 相応しく笑いあえること なぜだろうか涙が出ること 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師 「君」という人物と過ごす時間に関する描写。 この曲では「君」に関する描写が極端に少ないため、主人公と「君」の関係性がわかる数少ない歌詞となっています。 笑いあい、なぜだか涙があふれてくるほどに、心を通じ合わせている様子がうかがえます。 それが恋人なのか、親友なのかは人それぞれ違うのでしょうが、誰しもが持つ大切な存在。 「~こと」と事実を列挙するにとどめていて、それがどうなのかということは語られていないのですが、言葉であらわせないような喜び、幸せが歌詞の背景には存在しているように感じられます… 君の目が貫いた 僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 退屈なくらいに 何気なくそばにいて 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師 1番のサビです。 「君」の目が胸を貫いてから、「何もかも変わり果てた気がした」。 変わったものは、間違いをさがして今の自分を受け入れられなかった考え方・世界の捉え方でしょう。 間違いだらけの世界でも、心を通じ合う「君」といればそんな世界がなにもかも変わり果てた気がするんです。 「風に飛ばされそうな深い春の隅」。 ただでさえ儚い「春」という季節に「風に飛ばされそうな」という形容がなされ、しかもその「隅」ということで非常にもろくて不安にあふれた主人公の現状が表現されています。 そこで、「君」にそばにいてほしい。 君がいれば、自分の今いる間違いだらけの世界を受け入れられるから、「間違い」として生きる不安を払拭できるからです。 続けます。 間違いだらけのささいな隙間で くだらない話をくたばるまで 正しくありたい 会えない淋しさが 何を育んだでしょう ひとつずつ探し当てていこう 起きがけの子供みたいに 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師 2番冒頭。 間違いだらけの世界であっても、その合間には君とのくだらない話を。 「君」の存在がまちがいの方の自分を肯定してくれるからです。 間違いの世界に生まれてしまった以上、「正しくありたい」と思ってしまう不安や、自分を変えてくれる「君」に会えない時の寂しさはどうしても付きまといます。 しかしそれをマイナスにとらえるのではなく、 その境遇が育んでくれた何かを探しに行こう。 それが不安を解消してくれるから。 そう歌っています。 起きがけの子供は、親が周囲にいないことに不安を感じて親を探そうとします。 それと同じように、不安ならばそれを払拭してくれるものを探そうという考えです。 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 青い靄の中で 君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ 菅田将暉「まちがいさがし」 作詞 米津玄師 2番サビ。 「間違いか正解かだなんてどうでもよかった」という部分が印象的です。 自分がいるのは間違いの世界なのかもしれないけれど、「君」といられるのならばもはやそんなことはどうだっていいんです。 「君」と出会えたということだけでも、間違いの世界を生きる意味として十分だからです。 「君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ」。 不安でどうしようもない状況でできることはただそれだけなんです。 「君じゃなきゃいけない」という状況が大切だから。 冒頭の歌詞で述べられる通り、「君」は間違いの世界でしか会うことができなかった人物です。 ここでもし君じゃなくて、正しい世界のだれか別の人でもよかったのであれば、主人公は自分がまちがいの世界に生まれたことを肯定できなくなってしまう。 だから、主人公ができることは 「君じゃなきゃいけないとただ強く思うだけ」。 切実な思いの込められた一文だと思います! 後の歌詞は繰り返しになっちゃうので省略させていただきます。 「君」の存在を通して語らられる自己肯定の歌。 「まちがいさがし」という比喩がとてつもない美しさを放っています。 菅田将暉さんの楽曲に対するメッセージを引用させていただき、歌詞考察の結びとさせていただきます。 四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」と。 米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。 その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者がいることで自分の存在を肯定することができる。 そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。 救いでも祈りでもない集い。 「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。 菅田将暉 おすすめ記事はこちら zz-1.

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まちがいさがし

君の手が触れていた指を重ね合わせ

四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって…」と。 米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。 その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者がいることで自分の存在を肯定することができる。 そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。 救いでも祈りでもない集い。 「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。 米津玄師の意味深な作成意図• 菅田将暉の共感性の高い解釈 が凝縮された濃密なインタビューですね。 一般的な正解と言われる生き方とは少しかけ離れてて、しかしそのまちがいの方に生きたからこそ、目の前の人と出会えている… 米津の作成意図は、実際かなり共感できる人は多いのではないでしょうか。 自分が「正解」と思って生きている人間なんて、昨今では決して多くはないからです。 また反対に「まちがいさがし」を聴く人が、自己肯定の高い人だったとしても、きっと 「まちがい」と自覚する部分は多少なりともあると思います。 「まちがいさがし」 という本楽曲は、自分が「間違い」側に立っているというのを前提に、それを受け入れて肯定していくという、ある意味 かなりポジティブな楽曲なのではないでしょうか。 ドラマ「パーフェクトワールド」主題歌! 「まちがいさがし」を主題歌として提供したい。 米津とともに作成した大切な作品であるからこそ、菅田将暉は苦楽を共にしてきた戦友の松坂桃李が主演を努める「パーフェクトワールド」の主題歌として提供したいと提案したそう。 菅田将暉のコメント 米津玄師が作詞作曲! 松坂桃李主演ドラマの主題歌! そんな状況に菅田将暉は まず松坂桃李さんは、同業者の中で、常に、間近で、背中を見ていた人です。 気づけば10年近くなりますでしょうか? 今では会えば家族のような挨拶をし、離れれば先輩後輩として作品のみで触れ合う。 そんな方のドラマの主題歌を僕が歌う。 しかも米津玄師が作ってくれる。 正直、何から整理すればいいのかわからない状況でした。 ちょっと吐きそうでした。 ただこんな贅沢なことはないと胸躍る自分が間違いなくいました。 「パーフェクトワールド」という作品が、皆さまの心に残るよう、少しでもお力になれればと思っております。 当たり前のことですが、一生懸命歌わせて頂きます。 宜しくお願い致します。 とコメント。 幸せ過ぎると少し不安になる そんな帳尻合わせ的な感情でしょうか? とにかく想いの密度がすごい。 腹の底から吐き出されるように本楽曲を歌う菅田将暉の歌声の背景には、こんなにも濃密な想いが込められているのです。 松坂桃李のコメント 上の動画は 「パーフェクトワールド」のブルーレイ&DVD BOX発売PRなのですが、これを見るだけでもあらすじが大方理解できます。 完璧な人間の完璧でない部分。 それこそまさに 「まちがいさがし」 といったところですね。 では、更に楽曲を深追いしていきます。 楽曲名「まちがいさがし」とは 「まちがいさがし」とは 漢字に直すと 「間違い探し」 皆さんは間違い探しで遊んだことはありますか? 「間違い探し」には上の画像のように 「正解の画」と 「間違いの画」が存在します。 本楽曲はこの 「間違いの画」が 「現実社会の自分の立ち位置」と対比されて描かれているのです。 この楽曲名が歌詞の内容と どう関与しているのでしょうか。 歌詞 まちがい探しの まちがいの方に 生まれて来たような気でいたけど まちがい探しの正解の方じゃあ きっと出会えなかったと思う 相応しく笑い会えること なぜだろうか涙が出ること 君の目が貫いた僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で退屈なくらいに 何気なくそばにいて 間違いだらけのささいな隙間で くだらない話をくたばるまで 正しくありたい会えない淋しさが 何を育んだでしょう ひとつずつ探し当てていこう 起きがけの 子供みたいに 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんて どうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 君の目が貫いた僕の目をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 誰にも見せない顔を見せて 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 作詞作曲:米津玄師 スポンサーリンク 歌詞の意味・解釈 前提として 前提として主人公は 卑屈で自己肯定の低いキャラクター というものが、当てはまります。 もしくは、 気丈に見えて、実は劣等感を感じている そのような人も同様。 とはいえ、人間は誰しもがその人しか知らない弱い部分を持っているもの。 そう考えると共感性はかなり高い内容になっているのではないでしょうか。 では、細かく解釈していきます。 1番 まちがい探しの まちがいの方に 生まれて来たような気でいたけど まちがい探しの正解の方じゃあ きっと出会えなかったと思う 相応しく笑い会えること なぜだろうか涙が出ること 作詞作曲:米津玄師 「決して自分は正解ではない」 常々、劣等感を感じているから、まちがいさがしの間違いの部屋に自分が住んでいるように感じている。 そんな卑屈な心が映されると同時に しかし、その間違いの人生を歩んできたからこそ、今目の前にいる人間、自分を包んでくれる環境がある。 という、 ポジティブな視点が歌詞として展開されていく。 こうしてポジティブに捉えることで、 自分の人生は決して間違いだけではなかったと認識することが出来るのです。 今まで否定し続けてきた 自分を全肯定することができる。 こんなに嬉しいことはないですよね。 サビ1 君の目が貫いた僕の胸をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で退屈なくらいに 何気なくそばにいて 作詞作曲:米津玄師 目の前にいてくれる君のおかげで、間違いの部屋にいる自分を「悪くないな」と肯定することが出来たのです。 しかし裏を返すと、 君がいてくれないと、ただの間違いの部屋になってしまうのも事実。 だからこそ 「そばにいて」 と、心からの想いが綴られる。 また 風に飛ばされそうな 深い春の隅 というのは、主人公視点の社会が対比されているのではないでしょうか。 正しく在りたいけど、在れない 苦悩の中身が違えど、これが当てはまるような境遇は誰にでもあると思います。 この葛藤が育んだものこそ 「間違いの肯定」です。 どうしようもない自分を否定してきた人にとって、本楽曲の視点はかなり勇気づけられるのではないでしょうか。 サビ2 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんて どうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 作詞作曲:米津玄師 君という存在のおかげで、 まちがいの部屋にいる劣等感 なんてどうでもよくなってしまいます。 靄 もや の中にいるように感じていた生き苦しい社会でさえも、君さえいれば瞬く間に澄み切ったものに様変わりしたのです。 ラストサビ 君の目が貫いた僕の目をまっすぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 誰にも見せない顔を見せて 君の手が触れていた指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた青い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ 作詞作曲:米津玄師 ラストサビは、 サビ1と2に類似した歌詞になっています。 本楽曲は、人間のどこか弱い部分にフォーカスを当てており、なおかつ「君」という存在がいることで情景のイメージがしやすく、共感性の高い楽曲だったと思いますが、米津玄師から菅田将暉に送った歌ということで、 恋心と言っても過言ではないほどの 米津玄師が抱える菅田将暉に対する リアルな感情も込めれていると思います。 はじめて菅田将暉を見たとき米津玄師は.

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Masaki Suda

君の手が触れていた指を重ね合わせ

カテゴリ• はじめに 『まちがいさがし』とは2019年5月14日にネット配信された楽曲です。 4月16日から放送されたテレビドラマ「パーフェクトワールド」で初にて音源 公開され多くの注目を集めているナンバーです。 今作のMVは未だ公開されていませんが数多くのカバー動画が投稿されそのほと んどが動画再生回数50~100万を超えています。 さらに各配信サイトにてデイリー、ウィークリー含め50冠を達成しています。 人気の理由の一つは歌い手と曲提供者にあると筆者は考えます。 カリスマと実力を兼ね備えた大注目の俳優である菅田将暉さんが今作を歌い上げ ます。 そして彼に曲提供したのは新曲を出せばオリコンランキングの頂点に立つと言わ れている平成の貴公子、米津玄師さんです。 2人の作品に対するコメントが寄せられていましたのでご紹介します。 ~菅田将暉さん コメント~ 四畳半の個室で「自分は間違い探しの間違いの絵の方に生まれたのかもしれない、でもだからこそ今目の前の人との出会いがあって・・・」と。 米津くんからこの曲の意図を聞いた時に生きている中で何となく不安だった自分にしかわからない気持ちに名前をもらったような気がしました。 きっとそれは、この文章を見ているあなたしかり、境遇は人それぞれだからこそ、その人自身にしかわからない苦しいものが必ずあると思います。 その気持ちはひとりのものであり、形は違うけどみんなもっていて、対象者 がいることで自分の存在を肯定することができる。 そのあたたかさを軸に、大事に歌わせてもらいました。 救いでも祈りでもない集い。 「まちがいさがし」に、僕は出会えて幸せです。 REISSUE RECORDSより ~米津玄師さん コメント~ 灰色と青で出会えて以来、会えばその都度「なんかやりたいね」という話を続けてきて、出来上がったのがこの曲でした。 彼の歌を聴くたび、バーンと喉から勢いよく飛び出してくるその声に毎度震えます。 いろんな人に早く聴いてほしいですね。 僕と同じように思うはずです。 REISSUE RECORDSより まず菅田将暉さんのコメントから「生きて行く上での自分の中の不安との向き 合い方」を今作から学んだことを理解することができます。 筆者は彼のコメントから家入レオさんが松任谷由実さんとの出会いで自分の気 持ちに名前を貰ったような気持ちになったことを思い出しました。 このように人は自分では名付けられない気持ちを誰かに名付けて貰えると本当 に安心するのだと思います。 米津玄師さんのコメントにも注目してみましょう。 「会えばその都度」という部分からお二人の仲の良さが実感できますね。 彼が「バーンと喉から勢いよく飛び出してくるその声」と表現しているように 音源を聞くと「確かに!」と共感できました。 安定感に包まれた厚みのある声に筆者も震えたのを覚えています。 そして重要な点が米津玄師さんが今作を菅田将暉さんのために作ったという点 でしょう。 「菅田将暉さんの歌う姿をイメージ」して作られたようです。 歌う姿を鮮明にイメージできたのは彼が「灰色と青」以降、何度も音楽の繋がり を重ねてきて歌う姿を見てきたからに違いありません。 それではさっそくきになる歌詞の考察を始めていきたいと思います。 今回の考察はお二人のコメント内容を尊重し主人公を菅田将暉さんとして進めて いきたいと思います。 しかしながらドラマタイアップでもありますのでドラマ主人公の二人にも重ねて いく部分もありますので宜しくお願いします。 『まちがいさがし』とは コメントの中で菅田将暉さんは一人一人の「心が違う」点に言及していました。 さらに「自分は間違い探しの間違いの絵の方」と述べています。 上記を踏まえて考察すると自分の心はどこか間違っていて他者が正解の絵、だ から他者から自分が間違っている部分を探し学んでいくという意味がタイトル に含められているのだと解釈しました。 よく番組や雑誌で米津玄師さんは菅田将暉さんは自分とは「真逆の存在」だと 語っていたのを覚えています。 ですからお互いに間違い探しをしながら感化を受け研ぎ合っているのを理解で きます。 『まちがいさがし』歌詞の意味 不完全さからの教訓 まちがいさがしの間違いの方に 生まれてきたような気でいたけど まちがいさがしの正解の方じゃ きっと出会えなかったと思う ふさわしく 笑いあえること 何故だろうか 涙がでること 歌詞冒頭では菅田将暉さんのコメントでも述べられていた 点に触れています。 「間違い探し」には「見本」と「見本にはない間違った絵」 の2種類が存在します。 彼は自分が間違った絵であることを実感しているようです。 そして歌詞の趣旨は「誰かの見本となる完璧な人であった としたらそれ以上、大事な何かに気づくことは出来なかった」 と実感しているという点です。 「ふさわしく笑い合えて 涙が出る」こうした感情に出逢えた のは友人であり心の支えとなってた米津玄師さんのお蔭なので しょう。 違ったタイプの人物を見て、お互いに相手を「見本」とし合う ことで不足やそれが満たされていく充足感を味わうことができ たに違いありません。 心の海底を見つめる瞳 君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした 風に飛ばされそうな 深い春の隅で 退屈なくらいに何気なく傍にいて 間違いだらけの 些細な隙間で くだらない話を くたばるまで 正しくありたい あれない 寂しさが 何を育んだでしょう 水中ゴーグルは肉眼でみるよりもはっきりと海底を 映し出すことができます。 同じように米津玄師さんの瞳は他者には見えなかった 菅田将暉さんの心の奥底を見つめることができました。 友人、いや親友ならではの観察眼に彼も驚愕したこと でしょう。 それと同時に湧き上がる嬉しさを感じたと思います。 お二人はプライベートでもお酒を呑んで会話すること があるようです。 そんなときにするのが「くだらない話」と表現されて いるように筆者は思いました。 「くたばるまで」つまり死んで人生を終えるまで二人 で話していたいという願いが表れています。 そしてこの楽しい至福のひと時の中で菅田将暉さんは これまでの自分の生き方を回想していきます。 誰かと自分を比較してきた人生が何を生んで何を育ん だのだろうかと考えました。 歌詞には語られていませんが、そうした過程の中で彼 と米津玄師さんとの友情関係が生まれそれを育んだの は間違いありませんね。 ドラマのメインの二人である川奈つぐみと鮎川樹にも この部分は当てはまると思います。 つぐみが樹と久々に再会した時、車椅子に座る彼を見 て驚きを隠せずにいました。 樹からすれば彼女の眼は自分の胸を貫くように見えた ことでしょう。 そして彼が向けるつぐみへの視線もさまざまなことを 物語る瞳に見えたに違いありません。 ドラマでは健常者と障害を持たれる方との恋愛をテーマ にしています。 健康な人が決して見本になるわけではなく、どちらも互 いに触れ合うことで自分の不足を感じていました。 とても考えさせられる部分であると同時に教訓的でした。 正や誤よりも玄 君の手が触れていた 指を重ね合わせ 間違いか正解かだなんてどうでもよかった 瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で 君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ ここで出てくる「君の手」とは米津玄師さんの ことでしょう。 よくお二人が手を合わせたり肩を並べている構 図を拝見しますね。 「指を重ね合わせ」とは音楽の面でもプライベ ートでも助け合ってという意味なのでしょう。 お互いそうして協力しあっている内に自分がこ れまで考えてきた「自分の正誤を見極めるまち がいさがし」がどうでもよくなっていたようで す。 見出しに「玄」という語を用いたのは米津玄師 さんのネーミングでとりわけ印象深い漢字だっ たからです。 「玄」には「奥深い」という意味があります。 菅田将暉さんは米津玄師さんの瞳に映る奥深さ に魅了されたのではないかと筆者は感じました。 そしてそれは米津玄師さんも同じであり奥深い 彼の歌声、そしてバイタリティに溢れながらも 繊細な部分を持ち合わせる心に惹かれたのだと 思います。 米津玄師さんは今作の詩を書きながら「自分の ことをこうやって思っていてくれるかな、彼は 歌でどうやってその点に応えてくれるだろうか」 と考えたかもしれません。 筆者の黙想はどうあれ今作を通して断言できる ことが一つだけあります。 それはお二人が唯一無二の親友のように感じて いることに「間違いはない」という点です。 まとめ いかがだったでしょうか。 ビッグアーティスト同士がこんなに思い合う作品があったでしょうか。 本記事のサムネイルでは米津玄師さんの髪がショートに対して菅田将暉 さんがロングになっています。 これはドラマの樹とつぐみを演じているのかなと筆者は思いました。 勿論お二人に恋愛感情はないと思いますが、そうした感情を超える家族 の絆のような関係なのかもしれませんね(その場合、どちらが兄なのか) 日々の生活の中で自分と誰かを比較して不足を発見していくものですが そんなことどうでもよくなるくらいの友人に出逢えたら最高ですね。 「友達100人できるかな」という有名なフレーズがありますが、「一握り の親友」を見つけることの方が困難を極めるでしょう。 長い人生の中で一人でも自分の心の奥底を見つめてくれる人物に皆さんも 会えるように筆者は願っています。 今作を力強く(ファルセット予定の部分までも 笑)歌い上げて下さった 菅田将暉さんと熱い思い入れある作品を提供して下さった米津玄師さんに 感謝したいと思います。 素敵な作品を有難うございました! お二人の今後の活動と次回作に期待し注目していきたいと思います。

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