富山 駅 から 呉羽 駅。 地図 : 呉音 (クレオン)

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富山 駅 から 呉羽 駅

12時• 12:37 発 12:42 着• 泊(富山県)行• 13時• 13:01 発 13:06 着• 泊(富山県)行• 13:38 発 13:44 着• 泊(富山県)行• 13:56 発 14:01 着• 富山行• 14時• 14:39 発 14:43 着• 泊(富山県)行• 15時• 15:20 発 15:25 着• 富山行• 16時• 16:00 発 16:05 着• 富山行• 16:35 発 16:39 着• 泊(富山県)行• 16:50 発 16:55 着• 富山行• 17時• 17:05 発 17:10 着• 富山行• 17:37 発 17:42 着• 泊(富山県)行• 17:54 発 17:58 着• 泊(富山県)行• 18時• 18:20 発 18:25 着• 富山行• 18:32 発 18:37 着• 糸魚川行• 18:51 発 18:56 着• 泊(富山県)行• 19時• 19:18 発 19:23 着• 泊(富山県)行• 19:38 発 19:43 着• 富山行• 20時• 20:13 発 20:18 着• 富山行• 20:28 発 20:33 着• 泊(富山県)行• 20:50 発 20:55 着• 泊(富山県)行• 21時• 21:32 発 21:37 着• 泊(富山県)行• 21:53 発 21:58 着• 富山行• 22時• 22:18 発 22:23 着• 富山行• 22:53 発 22:58 着• 黒部行• 23時• 23:53 発 23:58 着• 富山行•

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富山 駅 から 呉羽 駅

各駅・停留場の位置関係 JR西日本・あいの風とやま鉄道の 富山駅は、JR西日本のおよびの、あいの風とやま鉄道のが乗り入れている。 あいの風とやま鉄道線はかつては当駅の所属線であった の一部であったが、北陸新幹線開業と同時に、あいの風とやま鉄道へ移管された。 これに伴い、在来線構内はJR西日本の在来線である高山本線も含め、あいの風とやま鉄道の管轄となった。 の 電鉄富山駅はの単独駅であるが、隣ので分岐する の列車も乗り入れており、事実上2方向の列車が利用できる。 JR西日本・あいの風とやま鉄道の高架下には富山地方鉄道の 富山駅停留場が設けられており、・が乗り入れる。 富山軌道線・富山港線には6つの運転系統が存在するが、富山駅停留場にはその全てが発着する。 富山軌道線にはこのほか、駅南側の道路上に 電鉄富山駅・エスタ前停留場が設けられている。 この停留場は2015年3月14日に富山駅停留場が開業するまでは富山駅前停留場を名乗っており、富山駅の最寄り停留場であった。 富山港線は(18年)2月28日まではJR西日本の運営で、同社の富山駅に乗り入れていた。 その後に移管されるとともに富山駅付近の線路が道路上に移設され、2006年4月29日から(2年)3月20日までは駅北口に設けられた富山駅北停留場に発着していた。 富山地方鉄道に経営統合された後、2020年に線路を高架下に延長、富山駅北停留場は富山駅停留場に統合され廃止となった。 歴史 [ ] 富山駅付近変遷 1901年(明治34年)当時の富山市区域拡張予測図。 図中、「馳越水路」とあるのは河流改修事業後の、「仮停車場」とあるは1908年(明治41年)移転以前の富山駅、「将来之停車場」とあるは当時における富山駅建設予定地、「県庁」とあるは現在のを示す。 (26年)2月10日 - 第一回鉄道会議に「ヨリヲ経テ富山ニ至ル百二十三五十七余」に係る「線路ノ形勢設計ノ概況」が提出され、「富山市船頭町裏字牛島」に当駅の開設が予定される。 (明治32年) - 官設鉄道北陸線の - 当駅間の延伸に伴い、として 富山駅が開業する。 開始と同時に小荷物の取り扱いを行う。 当時構想されていた改良工事の影響を受けない(現在の神通川西岸、富山市田刈屋及び駒見)に設置された。 また同日、同駅においてをはじめ、各県両院議員等が参列して開通式を催行する。 駅舎、機関車庫、客車庫、及び石炭台等の建造物は、将来の移転計画を見越して仮設工事であった。 (明治34年)3月16日 - 当駅において公衆の取り扱いをスタートする。 (明治39年)12月1日 - 富山郵便局の電話交換業務開始により 、当駅に公衆電話を設置する。 (明治40年) - 富山市が当駅敷地として愛宕、牛島両町内の地所27017を寄附した。 この頃の当該敷地は神通川馳越線(はせこしせん)と本流との間に挟まれたのようなところであったが、富山市や商工会の推薦により現位置に決定したという。 1932年(昭和7年)頃の富山駅構内• (明治41年)• - 当駅 - 間にが開業する。 - 神通川改良(馳越線)工事の完成((明治36年))を受け、北陸線の経路を西側から変更するとともに馳越線への架橋(現在の高山本線新神通川橋梁)工事を行い、当駅を現在地に移転する。 併せて官設鉄道富山線の当駅 - 間が開業する。 また同日より許可を得てが、当駅構内営業人となりの販売を開始する。 (明治42年)• - 皇太子嘉仁親王(後の)がのため当駅に着御する。 - 制定に伴い、所属駅となる。 (2年) - 当駅 - 間竣工につき当駅より臨時列車を出し、関係者を招待して試乗させた が、中であったので祝賀会は行われなかった。 (大正12年)9月4日 - 避難者保護のため、当駅駅前に救護所を設ける。 (大正13年)11月10日 - 皇太子裕仁親王(後の)が行啓のため当駅に着御する。 (2年)• - 飛越線(後の高山本線)の当駅 - 間が開業する。 また同日、当駅 - 呉羽駅間に田苅屋信号場が開業する。 ただし、神通川を渡る当駅 - 田苅屋信号場間は北陸本線と線路を共用する。 1934年(昭和9年)頃の富山駅前。 駅舎左にはコンクリート製の省営バス笹津線の車庫、右端には駅構内に乗入れている市電の姿が確認できる。 12月15日 - の貨物支線として富山駅 - 間が開通し、同社の富山駅が開業する。 同日より国有鉄道富山駅の共同使用を開始する。 ただし、当時は貨物中継のみ。 当初から電化されており、架線電圧は600Vだった。 (昭和3年)• 6月25日 - 電動ジブクレーンを設置する。 - 富岩鉄道富山駅 - 富山口駅間において旅客運輸営業を開始し、同日より旅客も国有鉄道富山駅との共同使用を開始する。 (昭和8年)3月31日 - 当駅 - 間において笹津線の営業を開始し、当駅においては一般運輸営業を開始する。 (昭和9年) - 線路名称を改定し、飛越線がに編入される。 (昭和10年)1月17日 - 富山商工会議所が富山都市計画の完成及び当駅の拡張に関する建議書を、、名古屋鉄道局長及び金沢運輸事務所長に提出する。 (昭和11年)10月1日 - 富山市西町の内に当駅派出鉄道案内所を設置する。 (昭和12年)10月1日 - 構内に富山を開設する。 (昭和13年)• 5月26日 - 富山市が当駅 - 日曹工場前駅間の鉄道敷設免許を取得する。 - 富山市営鉄道運河線(貨物線)の富山駅 - 日曹工場前駅(後の奥田駅)間が開業し、富岩鉄道がこれを借受する。 (昭和15年)5月6日 - 当駅 - 日曹工場前駅間の電化が認可される。 1941年(昭和16年)12月1日 - 会社合併に伴い富岩鉄道線を富山電気鉄道が譲受し、また富山市営鉄道運河線を同社が借受して、合せて同社の富岩線とする。 1942年(昭和17年)12月7日 - 1938年(昭和13年)8月富山市に対して免許され、富岩鉄道(後に富山電気鉄道)が借受していた富山市営鉄道運河線(貨物線)の富山駅 - 日曹工場前駅間が、富山電気鉄道に対して譲受される。 (昭和18年)• 2月28日 - 同日限りを以て省営自動車笹津線を廃止する。 6月1日 - 富山地方鉄道(旧・富山電気鉄道)富岩線が国有化され、国有鉄道となる。 (昭和19年)5月1日 - 富山鉄道郵便局を新潟鉄道郵便局に吸収し、その事業を同局に移管する。 空襲後にバラック建築となった富山駅• (昭和20年)• 3月12日 - 下の激化により、当駅構内に緊急相談所を設置する。 - により駅舎が全焼する。 同年8月3日まで北陸本線上りは東岩瀬駅、下りは呉羽駅にて折返し運転を行う。 - 金沢鉄道管理局が、機関車の石炭不足を理由に各駅に切符の発売制限枚数の厳守を通達。 (昭和21年)• 8月5日 - 当駅における闇米取締を発端としてによる騒擾事件が起る()。 9月15日 - 同年8月5日の富山駅前派出所襲撃事件等朝鮮人による狼藉に鑑み、同日当駅においてその大々的取締を行う。 10月8日 - 再び当駅にて闇米の取締を行い、約120石を摘発する。 (昭和22年)11月2日 - が同日午前7時50分、当駅より・方面に向け発車する。 (昭和23年) - 当駅と呉羽駅間の田苅屋信号場を「田刈屋信号場」と改める。 (昭和24年)• - 先年12月より着工の待合室が竣工したので落成式を挙行し、同待合室において同月8日まで生花展覧会を行う。 - 日本国有鉄道法施行に伴い、(国鉄)に継承。 - 当駅にて国鉄行政整理反対闘争警戒中の警察官が1名負傷、4名を検挙する。 1953年(昭和28年)建替後の富山駅駅舎• (昭和25年)2月21日 - 富山分局を当駅構内に開設する。 (昭和27年)• - 空襲以来建てであった駅舎を本建築とするため着工し起工式を行う。 - 駅舎の第一期工事を完了し、11月1日より新駅舎において駅務を開始する。 2階にはが開業し、3階には物産観光陳列場が開設される。 いわゆるの方針をとって、民間の利用を広く受け容れた。 12月1日 - 当駅構内の無線基地局に対して無線局免許状が与えられる(:JRG-71)。 (昭和28年)• - 同月9日に駅舎の第二期工事が完了したので、国鉄及び富山市主催の落成式を挙行する。 第一期及び第二期工事の総工費は1億4千万円であった。 (昭和29年)• 1月28日 - 旧計量法第173条に基き、当駅を計量器使用事業場に指定する。 7月22日 - 旧計量法第173条に基き、当駅構内の金沢鉄道郵便局富山分局を計量器使用事業場に指定する。 - 同年2月4日より着工の当駅跨線橋が完成する。 総工費は376万4千円であった。 (昭和30年)10月1日 - 当駅 - 間に所在の富山操車場の一部使用を開始する。 (昭和31年)• - 当駅 - 東富山駅間の富山操車場の第一期工事を完了し 、当駅 - 富山操車場(現在の)間がする。 同日午前9時35分上り発行機関車先頭に「祝富山操車場完成」の紀念幕を掲げて新線を走らせた。 - 当駅 - 呉羽駅間の田刈屋信号場を廃止する。 (昭和33年)• - 高山本線において準急「」の運転を開始し、当駅 - 間を約5時間で結ぶこととなった。 - 当駅北口が完成し、同日より出改札の業務を開始する。 - 昭和天皇が親臨のため、と共に当駅に着御する。 (昭和34年)• - 同日午前9時30分富山駅着下り行において当駅 - 間に初めての試運転を行い、同日より当駅 - 間を1日2往復することとなった。 5月13日 - 新神通川橋梁建設工事のため、材料運搬線を構内に敷設し試運転を行う。 11月16日 - 当駅 - 呉羽駅間に北陸本線専用の新神通川橋梁が完成し、 旧 新神通川橋梁は高山本線専用となる。 (昭和35年)• 2月24日 - 当駅 - 奥田駅間の電気運転を廃止する。 - 同日午前1時40分頃、当駅前百貨店中の食料品店より出火があり、須田ビルはじめ軒並みの商店等14戸3棟を全焼、7戸3棟を半焼する。 - 当駅 - 呉羽駅間が化される。 - 当駅待合室内に観光案内所を設置する。 - 当駅改良工事を完了し、同日より新設のホーム等の使用を開始する。 11月4日 - 新しいホームの屋根が完成する。 11月19日 - 地下道幅員拡張工事が完了し、荷物用跨線橋及びエレベーターが竣工する。 12月27日 - 輸送本部室の新庁舎建設工事を開始する。 (昭和36年)• 2月27日 - 自動信号への改良工事が完了し、継電連動装置を導入する。 5月18日 - 輸送本部室が完成し、旧輸送本部室跡地は庭園となる。 10月18日 - 第20回全日本産業安全大会への台臨のため行啓中の皇太子親王及びが、当駅より特別急行「」にて東京へ還啓する。 (昭和37年)4月7日 - 貨物ホームが完成する。 (昭和39年)• - 北陸本線のうち、当駅を含む金沢駅 - 富山操車場間が(20,000・60)、当駅 - 大阪駅間の電化が成る。 - 北陸・間の特別急行「雷鳥」及び北陸・間の特別急行「」の営業運転を開始し、同日午後当駅において発車式を行う。 (昭和40年)• 7月30日 - 当駅 - 東富山駅間の複線化工事を完了し、同日午前9時40分より開通する。 9月24日 - を開設する。 (昭和41年)• - 富山ステーションデパート新装開店。 - 開通、当駅 - 間が全通する。 1967年(昭和42年) - 富山港線の架線電圧を直流1,500Vに昇圧する。 (昭和44年)5月27日 - 第二十回全国植樹祭親臨のため富山県行幸中の昭和天皇が当駅に着御する。 (昭和45年)• - 当駅前南口地下道完成、市長、駅長等出席して開通式を行う。 6月5日 - 当駅にて貨車入替作業に用いていたが引退するに伴い、その「お別れ式」を行う。 7月15日 - 当駅構内配線を変更し、国鉄列車急行「」及び急行「むろどう」、また急行「北アルプス」の富山地方鉄道線乗入れを開始する。 (昭和46年) - 当駅 - 間に特別快速列車が設定される。 (昭和47年) - 当駅とが姉妹駅となり、同日その調印式を行う。 (昭和48年) - 駅北口と正面を繋ぐ地下歩道が開通。 (昭和49年)- 営業範囲を改正し、旅客、荷物及び貨物を扱うものとする。 (昭和51年)2月13日 - への台臨のため、明仁親王及び美智子皇太子妃が当駅に着御する。 (昭和54年)3月10日 - 当駅駅舎本屋改築工事が完了する。 (昭和57年)11月7日 - 商業ビル建設のため、当駅東側の国鉄宿舎を撤去する。 (昭和59年)2月1日• 当駅構内の金沢鉄道郵便局富山分局を廃止する。 当駅 - 奥田駅間を廃止する。 (昭和60年)• - 従前の終着を改め、新たに発名古屋鉄道「北アルプス」が当駅への乗入れを開始する。 8月1日 - 当駅構内において国鉄直営販売店「さんくす」の営業を開始する。 11月28日 - 当駅駅前に立体駐車場が完成する。 (昭和61年)• 3月16日 - 当駅において北陸新幹線周辺環境整備事業の起工式を挙行する。 - 営業範囲を改正し、(新聞紙を除く)の取り扱いを廃止する。 1987年(昭和62年)4月当時の富山駅北口駅舎• (昭和62年)• 3月14日 - 当駅駅舎2階待合室が完成する。 - 営業範囲を改正し、取扱荷物を「荷物(新聞紙に限る)」から「荷物(特約荷物に限る)」に改める。 - に伴い、(JR西日本)・(JR貨物)に継承される。 日本貨物鉄道(JR貨物)の駅は、車扱貨物及びコンテナ貨物を取り扱う。 - 富山ターミナルビル「」が開業する。 (昭和63年)• 2月5日 - 駅長室を改装する。 3月17日 - 便所を移転し、改装する。 7月10日 - 駅舎外壁を改修する。 7月15日 - 及び待合室を改装する。 7月16日 - 富山ステーションデパートが改装開店する。 (元年)• 2月2日 - 当駅北口再開発事業「とやま都市MIRAI事業」に必要な旧国鉄用地の商業施設化が、新潟資産管理部の諒承を受ける。 10月14日 - 発車ベルの騒音による近隣住民の苦情を受け、地元民謡の『』を用いた発車メロディー・列車到着メロディの運用を開始するが、駅利用者からは不評だった。 12月20日 - 当駅駅前に自転車駐輪場を設置する。 (平成2年)• - に貨物駅の業務を移管し、JR貨物の駅(当駅での貨物の取り扱い)が廃止される。 4月10日 - JR西日本子会社たるハートアンドアクションフーズがとフランチャイズ契約を締結し、当駅構内に飲食店を開業する。 7月21日 - JR西日本が富山地方鉄道線直通特別急行「リゾート立山」の運転を開始し、再び当駅構内に連絡線を敷設する。 大阪駅発午前8時25分富山駅着午后0時6分特別急行「15号」及び富山駅発午后3時大阪駅着午后7時8分の「雷鳥38号」にを2輌連結し、富山地方鉄道線内においてはキハ65形気動車が自走する。 (平成3年)12月27日 - 当駅より当駅駅前再開発ビル(現:富山ステーションフロントCiC)を連絡する地下道を、当駅北口連絡地下道と接続し使用を開始する。 (平成4年)3月24日 - 日本国有鉄道清算事業団の用地整備事業のため、旧富山港線ホームを解体し、新富山港線ホームの使用を開始する。 (平成6年)10月28日 - 当駅構内にコンビニエンスストアが開業する。 (平成7年)• 4月20日 - 特別急行「」の運行を開始し、始発駅たる当駅においてその紀念式典を行う。 4月21日 - (現・)が北陸新幹線富山駅暫定整備計画を決定し、にその建設を指示する。 4月28日 - 運輸省が日本鉄道建設公団の当駅駅舎工事実施計画を認可する。 5月25日 - 日本鉄道建設公団が北陸新幹線富山駅の測量及び設計を開始し、北陸新幹線整備調整事業起工式を挙行する。 8月24日 - 日本鉄道建設公団、北陸新幹線富山駅建設に向け地質調査に着手する。 (平成8年)7月1日 - 当駅北側の「アーバンプレイス」ビルが開業する。 (平成9年)• 2月28日 - 当駅を高架化して南北を一体化し、地上及び地下の歩道により連絡できるように「複断面方式」とする基本計画を、第三回富山駅周辺地区南北一体的なまちづくり基本計画策定調査委員会が決定する。 - の直通特急「北アルプス」の乗り入れを中止する。 10月1日 - 当駅北口にみどりの窓口を開設する。 (平成10年)12月19日 - 当駅南口駅舎2階にレンタルビデオ店が開業する。 (平成11年)• 4月10日 - 当駅開業100周年紀念式典を挙行する。 12月4日 - 同年7月よりに向けて建設中であった当駅北口駅舎が新築竣工する。 (平成12年)• 1月12日 - 列車の発車時刻等を表示する電光掲示板を設置する。 1月22日 - 同年2月8日からの北陸本線列車集中制御装置導入に伴い、『こきりこ節』の列車到着・発車メロディーの使用を取りやめ、試験的にこれを電子メロディへ変更する。 1月30日 - 第55回国民体育大会に向け、当駅南口駅舎待合室を改装する。 2月8日 - 北陸本線列車集中制御装置導入に伴い、正式に北陸本線標準電子メロディを発車合図として使用開始する。 2月11日 - 富山ステーションデパートをに名称変更し、改装開店する。 (平成13年)5月27日 - 当駅南口広場にて北陸新幹線上越 - 富山間の起工式を挙行する。 (平成17年)• 3月8日 - 富山市が高架化工事完成後の当駅の完成予想図を示す。 6月27日 - 富山駅周辺立体交叉事業が国土交通省によって認可される。 - の着工に伴う高架化工事が開始される。 建設中の新駅舎• (平成24年)• 5月14日 - 旧南口駅舎の解体に着手する。 - 北陸新幹線開業後に使用される新駅舎の着工を行う。 (平成27年)• 3月13日 - とやま駅特選館が閉店する。 - の - 金沢駅間延伸開業に伴い、新幹線富山駅が開業。 また北陸本線のへの移管に伴い、在来線富山駅を同社へ移管。 同日より南口仮駅舎を閉鎖し、新駅舎の使用を開始する。 これに伴い、構内の郵便差出箱を撤去し、郵便差出箱上に設置されていた像を富山県薬業会館に移設する。 また、当駅構内に商業施設「とやマルシェ」及び「クラルテ」が開業する。 - あいの風とやま鉄道の駅で「」の利用が可能となる。 - あいの風とやま鉄道上り線とJR高山本線ホーム(1 - 3番)が、高架に切り替えられると共に、2階(中2階)改札口(新幹線連絡口)が使用を開始。 - が第35回出席のため、と共に富山駅を着御する。 (平成28年)• - 北口にが設置される。 - 定期券の販売また利用を開始する。 (平成29年) - あいの風とやま鉄道線ホームにおいて、『』を接近メロディ、『』を発車メロディとして導入。 (平成31年・元年)• - あいの風とやま鉄道線下り線ホームの高架化が完了し、南北別々にあった改札口を駅構内の新設の改札口に一本化する。 4月21日 - 駅の南北を繋ぐ仮設の自由通路を設置。 10月上旬 - 南北自由通路を拡大。 (令和2年) - 路面電車の南北接続および、自由通路完成。 電鉄富山駅 [ ] 戦前の電鉄富山駅。 富山電気鉄道株式会社の本社でもあった。 (昭和6年)• 6月24日 - 富山電気鉄道の富山駅 - 間の鉄道敷設工事施行が認可される。 9月25日 - 当駅 - 富山田地方駅間が竣工する。 - 富山電気鉄道の当駅 - 間が開通し 、 電鉄富山駅が開業する。 軌間1,067mm、電化(1,500V)。 11月7日 - 当駅 - 間において直通運転を開始する。 (昭和8年)• 3月17日 - 富山鉄道が富山駅-間の富南鉄道に対する譲渡申請を行う。 3月31日 - 富山鉄道が富山駅-堀川新駅間の譲渡契約を富南鉄道との間に締結する。 - 富山鉄道が解散し、富山駅 - 堀川新駅間を 富南鉄道に譲渡する。 (昭和12年)4月16日 - 富南鉄道が富山電気鉄道の傘下に入り、同社社長に佐伯宗義が就任する。 (昭和16年) - 富山電気鉄道が富南鉄道を合併。 富山駅 - 南富山駅間は同社富南線所属となる。 (昭和18年) - 富山電気鉄道が富山県内の鉄道会社を合併し、に社名を変更する。 路線名が整理され、電鉄富山駅 - 間が本線、電鉄富山駅 - 間が立山線となる (電鉄富山駅 - 間は電化された本線と非電化の立山線との )。 (昭和20年)8月2日 - 富山大空襲により当駅が罹災する。 電鉄富山駅の待合室に集まる人々(1956年(昭和31年))• (昭和21年)• - 電鉄富山駅(富山駅) - 間のうち旧富南鉄道線の軌道(富南線)が電化され、立山線粟巣野駅までの直通運転を開始。 10月31日 - 富山大空襲による戦災により焼失した駅舎を復旧する。 (昭和32年)9月1日 - 初めてを設置する。 (昭和35年)1月7日 - 自動券売機を増設する。 (昭和36年)10月15日 - 第20回全日本産業安全大会への台臨のため行啓中の明仁親王及び美智子皇太子妃が、当駅より電鉄魚津駅に向け出御する。 (昭和39年)4月10日 - 当駅 - 間に途中停車なしの特別急行列車の運行を開始する。 (昭和42年)11月30日 - 本線の当駅 - 電鉄桜井駅(現・)間が化する。 (昭和43年)6月11日 - 当駅 - 宇奈月駅間の途中停車なしの特別急行列車の運行を休止する。 (昭和44年)• 4月1日 - 当駅 - 宇奈月駅(現・)間を本線に改称する。 5月28日 - 昭和天皇及び香淳皇后が当駅を利用される。 (昭和45年)5月10日 - 当駅 - 宇奈月駅間及び当駅 - 間に特別急行列車の運行を開始する。 1971年(昭和46年)1月1日 - 専用自動改札機の使用を開始する。 1981年(昭和56年)4月1日 - 自動改札機を廃止する。 1985年(昭和60年)• 5月5日 - 当駅構内改築工事を開始する。 7月17日 - 富山ターミナルビル及び富山地方鉄道が、建設中の「富山ターミナルビル」及び「電鉄富山駅ビル」の計画概要を公表する。 11月24日 - 当駅構内改築工事を完了する。 11月28日 - 富山駅前立体駐車場が完成し、電鉄富山駅の乗務区施設を移転する。 (昭和61年)11月1日 - 当駅竣工により、ホームを移設する。 これにより路線は、0. 1粁短縮される。 1987年(昭和62年) - 電鉄富山駅ビル「エスタ」が開業する。 (平成4年)11月25日 - 各駅においての受付を開始する。 2010年(平成22年)3月14日 - 駅構内の乗車券センターに、富山軌道線に導入されたIC乗車券「」(エコマイカ)の自動チャージ機(積み増し機)を設置する。 2012年(平成24年)3月17日 - 当駅をはじめ鉄道路線の17駅にecomyca対応の自動改札機が設置され、使用を開始する。 電鉄富山駅・エスタ前停留場 [ ] 昭和30年代の富山駅前停留場• (大正2年) - 富山電気軌道本線の富山駅前 - 共進会場前(現在の)間および支線の富山駅前 - 総曲輪(現在の) - 間が開業 に伴い、同社の 富山駅前停留場として開業する。 1,067、電化(直流600V)。 (大正9年)• 7月7日 - 富山電気鉄道が富山市に対し当該路線の軌道敷設免許及び事業経営権を譲渡する許可を受ける。 - 富山市に富山市電軌課が発足。 富山電気軌道が市に譲渡され、富山市営軌道となる。 (大正10年)8月4日 - 富山駅前 - 西町間の複線化が完了する。 1922年(大正11年)• 7月7日 - 富山市営軌道が富山駅乗入軌道の免許を取得する。 10月13日 - 富山駅構内への乗入れを開始する。 1934年頃 - - 富山駅前 - 間のルートを変更する。 変更前の富山駅前停留場の位置は現在の富山駅停留場付近(富山駅構内)にあったが、ルート変更で現在地付近(富山駅構外)へ移設された。 (昭和11年) - 富山駅構内乗入線が開通により当停留場を移設し、富山駅構内に再度乗入れる。 (昭和18年)• - 路線譲渡により富山地方鉄道の停留場となる。 - 富山駅構内乗入線を廃止し、路盤を撤去する。 (昭和20年)• - の戦災により休止する。 車輌及び軌道は全滅した。 9月16日 - 富山駅前-南富山駅間に代行バスの運行を開始する。 (昭和21年) - 南富山駅前 - 富山駅前間復旧に伴い営業を再開する。 午前7時より午後6時まで4車輌で15分間隔の運行であった。 (昭和24年) - 富山駅前 - 旅篭町間復旧に伴い総曲輪方面の営業を再開する。 (昭和29年)4月1日 - 笹津線の富山駅前乗入れを開始する。 (昭和42年)10月10日 - 笹津線の富山駅前乗入れを廃止する。 1970年(昭和45年)4月8日 - 富山駅前-南富山駅間の化を実施する。 (昭和63年)5月1日 - 接近表示装置を設置する。 (平成9年)8月12日 - 南富山駅行富山駅前停留場の拡幅を行う。 2015年(平成27年)3月14日 - 富山軌道線の富山駅 - 電鉄富山駅・エスタ前間開通。 富山駅停留場との混同を避けるため 電鉄富山駅・エスタ前停留場(でんてつとやまえき・エスタまえていりゅうじょう)に改称する。 富山駅停留場 [ ]• 2015年(平成27年)3月14日 - 富山地方鉄道富山軌道線の富山駅 - 電鉄富山・エスタ前間開通に伴い、富山駅停留場が開業する。 (2年) - 富山地方鉄道富山港線と接続し、相互直通運転を開始。 富山駅北停留場 [ ] 建設中の富山駅北停留場• (平成18年) - 富山港線がに移管され、再開業する ()。 架線電圧を直流600Vに降圧する。 富山駅北停留場開業。 2010年(平成22年)3月14日 - チャージ(入金)機において、富山地方鉄道のIC乗車券「ecomyca」との相互利用を開始する。 2019年(平成31年・令和元年)• 3月2日 - 富山駅北口駅舎の閉鎖により、富山ライトレールの窓口を移転する。 8月4日 - 富山地方鉄道富山軌道線と富山ライトレール富山港線の接続に伴う工事のため、当停留場を約50メートル北側へ移設する。 (2年)• - がに吸収合併されることに伴い、当停留場は富山地方鉄道の停留場となる。 - 富山地方鉄道富山軌道線との接続開始に伴い廃止。 高架化と周辺整備事業 [ ] 富山駅周辺連続立体交差事業の概要 [ ] 北陸新幹線関連工事に合わせ、富山駅においては周辺1. 8kmにわたりが行われている。 この事業は、在来線によって南北に分断された富山駅周辺の土地利用や道路交通の障碍を鉄道の高架化による道路の新設や拡幅によって克服し、合わせて歩行者用の南北自由通路の整備や富山地方鉄道富山軌道線と富山ライトレール富山港線の接続によって南北一体のまちづくりを推進することを目途として行われているものであって 、まずJRを一旦北側に移設し、化する工事が(平成17年)より開始された。 2007年(平成19年)3月18日からは北口 、2010年(平成22年)4月19日からは南口が工事の影響によって仮駅舎となり 、2008年(平成20年)10月20日からは下りホーム 、2010年(平成22年)4月19日からは上りホームが仮ホームに切り替えられている。 新幹線の高架ホーム(2面4線)は2015年(平成27年)3月14日より供用が開始され、同時に富山地方鉄道富山軌道線の富山駅停留場が新幹線高架下に開業した。 続いて同年4月20日からはあいの風とやま鉄道線上り方面と高山本線の在来線ホームが高架ホームに切り換えられ 、2019年(平成31年)3月4日には、あいの風とやま鉄道線下り方面についても高架ホームへの切り換えが完了した。 これにより富山駅の在来線ホームは高架上に2面5線(うち1線は切欠ホーム)が整備された。 引き続き在来線の地上ホームの撤去や南北自由通路の整備等の工事が行われ、2020年(令和2年)3月21日に富山地方鉄道富山軌道線と富山地方鉄道富山港線が接続された。 加えて富山地方鉄道本線1. 0kmも高架化され、電鉄富山駅のホームは2面2線となる予定であり、これについては2019年(平成31年)度より事業に着手する方針が示されている。 なおかつて北陸本線と富山地方鉄道線を接続していた当駅構内の連絡線は、一連の事業に係る工事によって廃止されており、この連絡線が高架化工事後に復活する予定は立っていない。 後述のように富山駅の新幹線高架下には「きときと市場とやマルシェ」や「クラルテ」といった商業施設が設置されており 、在来線高架下にも商業施設を設置すべく検討されている。 2017年(平成29年)には周辺の再整備が評価されを受賞した。 地上駅・仮駅時代の富山駅• 解体工事中の7・8番のりばホーム(2006年4月) 軌道線の富山駅高架下乗り入れ [ ] 前述のように富山駅の周辺連続立体交差事業においては、かねてより軌道線の高架下への乗り入れが計画されていた。 この事業のために整備される富山駅南北接続線(富山駅停留場 - 富山地方鉄道富山軌道線支線接続点間)については富山市が軌道を保有し、富山地方鉄道が車輌の運行を行う上下分離方式によることが2013年(平成25年)2月4日に発表され 、同年4月26日にその旨国土交通省より特許が与えられた。 そして(平成26年)に富山地方鉄道は富山駅の高架下に新設する新停留場の名称を、「富山駅停留場」とすることを正式決定し発表した。 この富山駅南北接続線は2015年(平成27年)3月14日より運輸営業を開始し、富山駅停留場は同日に開業した。 同時に既存の富山駅前停留場と、新設の富山駅停留場とを乗客が混同する恐れが生ずる可能性に鑑み、富山地方鉄道と富山市は富山駅前停留場の改称を発表し、同年3月14日よりこれを「電鉄富山駅・エスタ前停留場」に改称した。 (2年)に富山駅南北接続線が富山地方鉄道富山港線と接続された。 高架化工事に伴う北口の変遷 [ ] 富山駅においては(昭和33年)10月16日にかつてが広がっていた場所に初めて北口改札が開設され 、その後(平成11年)12月4日に北口駅舎の改築が竣工したが 、それまでの駅舎と地上ホームを撤去して駅を高架化することを目指す富山駅の連続立体交差事業のため、(平成19年)3月18日より北口においては仮駅舎を使用することとなった。 この仮駅舎は、従来の駅舎の東隣に設けられ、一階にはミニコンビニや富山ライトレールの乗車券販売所が入居し、2階及び3階を社員事務所として用いていた。 (平成27年)3月14日よりあいの風とやま鉄道が開業し、在来線の富山駅が同社に移管されると、北口もまた同社の管轄下となり、出改札はJR時代に引き続きにされたものの、1997年(平成9年)10月1日以来開設されていたみどりの窓口やJR線に係る券売機は撤去された。 この措置に伴って利用者から不満の声が上がった結果、西日本旅客鉄道は富山県からの要望に応じて、2016年(平成28年)2月19日にみどりの券売機を再設置した。 また、2015年(平成27年)4月20日からは北陸新幹線利用者のために専用の通行券を発行し、富山駅に下車し北口へ向かう旅客または富山駅北口より北陸新幹線に乗車する旅客へあいの風とやま鉄道富山駅の構内を通過することを可能とする措置をとっていた。 しかし、前述の北陸新幹線開業に伴う富山駅の連続立体交差事業の進捗によって2019年(平成31年)3月4日に北口駅舎は閉鎖され、南北の改札は統合された。 これにより新幹線利用者のために行われていた、あいの風とやま鉄道富山駅構内の通り抜け措置も終了した。 新たな富山駅北口の整備事業は2019年(平成31年)末に着工され、2022年(令和4年)3月までに完成する予定となっている。 仮駅舎時代の富山駅北口• (JR西日本) 所属路線 キロ程 286. 9km(起点) から391. 通過線はなく、可動式安全柵が設置されている。 改札口は1階南北自由通路からの「中央改札口」と、駅中商業施設の「とやマルシェ」内から通じる「2階(中2階)改札口」の2ヶ所で、2015年(平成27年)4月20日に、あいの風とやま鉄道並びにJR高山線の上り線ホーム(1-3番)を高架に切り替えたのを機に、新幹線2階(中2階)改札口に隣接して在来線の改札口が設置された。 は、「富山のガラスと水」をイメージしたオリジナル曲(作曲:)を採用した。 駅構内においてはが利用可能となっている。 新幹線改札口及び新幹線ホームには駅弁を販売する店舗が存在しているが、待合室には等の 売店 が存在しておらず、問題となっている。 のりば [ ] のりば 路線 方向 行先 11・12 北陸新幹線 上り ・方面 13・14 下り 方面 (一部当駅始発11番のりば)• 富山駅(北陸新幹線)• 8km先)。 あいの風とやま鉄道が管轄する在来線の富山駅は、1線を加えた2面5線を有する高架駅である。 2015年(平成27年)4月20日の一部ホームの高架化以前には、島式ホーム2面4線、片面ホーム1面1線及び切欠ホーム1線の計3面6線を有していた。 また2006年(平成18年)3月1日以前には、4面9線1切欠を有し 、富山港線の列車が7番・8番乗り場に発着していた。 駅番号はあいの風とやま鉄道線が 9。 あいの風とやま鉄道によるである。 高山本線に関してはあいの風とやま鉄道の窓口・券売機では猪谷までの普通乗車券しか購入できないので、その先まで乗車する場合や特急「ひだ」の特急券や定期券を購入する場合は、みどりの券売機で購入するか、新幹線の窓口で購入するか、下車駅で乗り越し精算を行う必要がある。 2015年(平成27年)3月13日以前のJR北陸本線時代には、特急「」「」「」「」「」「」 、2012年(平成24年)3月16日以前には特急「」、急行「」 、2010年(平成22年)3月12日以前には特急「」及び急行「」 、2001年(平成13年)3月2日以前には特急「」 、1997年(平成9年)9月30日以前には特急「」の停車駅でもあった。 のりば [ ] 2019年(平成31年)3月時点のホーム構成は下表の通り。 在来線では金沢方面が「上り」なのに対し、では東京方面が「上り」となる。 一方、4・5番線ホームは下り専用となった。 また現在、駅中商業施設の「とやマルシェ」内から通じる「2階(中2階)改札口」は、これまでの新幹線改札口に加え、2015年(平成27年)4月20日より、あいの風とやま鉄道の改札口も設けられ、新幹線、在来線両鉄道を利用できるほか、両鉄道の連絡口としても機能する。 到着・発車メロディ [ ] 2017年(平成29年)3月13日から、あいの風とやま鉄道新旅客案内システム()導入に伴い独自の・発車メロディが導入された。 なお、当駅の曲はいずれもの福島直哉が編曲を担当した。 到着メロディ• 『 verA』(作曲) - 「富山県ふるさとの歌」として制作された曲のイントロ部で、他の富山市内の駅と共通で使用される。 発車メロディ• 『』(作曲) - を舞台にした映画『』のバックミュージックで使用された。 「春」(3 - 5月)• 「秋」(9 - 11月)• 「冬」(12 - 2月)• 「アルプスの牧場」(6 - 8月) なお、新旅客案内システム導入以前は、北陸本線主要駅標準の詳細自動放送の文面、到着・発車メロディであった。 富山駅(あいの風とやま鉄道・JR高山線)• 乗り換えには一旦駅舎の外に出る必要があり、当駅の列車とJR(新幹線・在来線)、あいの風とやま鉄道線、富山ライトレールそれぞれ相互の乗換時間は約15分と案内されている。 乗り換え通路には上屋があり雨に晒されることはない。 駅名は富山地方鉄道の前身にあたる富山電気鉄道時代の駅名をそのまま引き継いでいる。 駅番号は T01。 3面4線を有する地上駅で 、改札口はJR富山駅側の1つだけであるが、出入口はJR富山駅向けの西側のほか、地鉄ビル駐車場向けの東側にもある。 終日駅員が配置されているが 、駅員による乗車券発売時間は7時から20時までに限られる。 かつては、JR富山駅1番のりばから富山地方鉄道本線へ交直付きのが存在し、国鉄時代のからにかけてはを使った急行「」や気動車を使った急行(いずれも線内は特急扱い)、名鉄車両のディーゼル特急「」が 、にはなどの列車名で、いずれも臨時列車扱いでJRからの特急の付属編成が直通した。 電鉄富山駅においてこれら乗り入れ列車に乗降する際は、同駅の改札内から富山駅1番のりばに通じる連絡通路を通り、富山駅1番のりばを利用することができた。 1999年(平成11年)11月を最後に旅客列車の乗り入れ列車は終了し、その後はがJRより不定期で入線する程度となり、連絡通路も閉鎖された。 現在では新幹線工事の影響によって連絡線も廃止されている。 ICカード用自動改札機設置 [ ] (平成24年)より市内電車(路面電車)・路線バスに導入されていたがの鉄道線でも導入された。 それに伴い、改札にICカード用自動改札機が設置された。 ただし使用できるICカードは「(えこまいか)」と「(パスカ)」のみである(やなど対象カードは現在のところ利用できない)。 電鉄富山駅• 「」も参照 富山地方鉄道富山軌道線(富山駅南北接続線)の富山駅停留場は、2015年(平成27年)3月14日よりJR西日本とあいの風とやま鉄道の富山駅高架下に新規設置されたである。 電停No. は C15。 当停留場から支線接続点までの富山駅南北接続線は富山市が軌道施設を建設・保有し、富山地方鉄道が車両の保有および運行を行うとなっている。 ホームは南側に3面(用)、東通路を挟み北側に同じように3面(用)のホームがあり8番ホームまで存在する。 なお2、6、7番ホームは降車専用となる。 支線接続点がある交差点での列車通行時間を短縮するため、交差点進入方向の線路は手前で分岐している。 これにより一度の信号現示で南富山駅前方面および富山大学前方面へ向かう各車両を同時発車させることが可能となっている。 0km(富山駅北起点) 駅構造 2面1線 開業年月日 (18年) 廃止年月日 (2年) 移転前の富山ライトレールの富山駅北停留場は、富山駅北口の正面に位置していた。 頭端式ホームを有する地上駅で、東側にある単式ホームと中央にある 島式ホーム とで構成された2面2線であった。 2005年度に牛島町交差点までの軌道が緑化された が、当停留場構内は日当たりが悪くコケが繁茂するなどしたため 、2015年に小松精練(現・)が開発した新素材により再施工された。 富山軌道線との接続工事により、当停留場跡地にはシーサスクロッシングが設けられたため、構内の緑化軌道は現存しない。 富山地方鉄道富山軌道線との接続工事のため、2019年(令和元年)8月3日に駅前交差点の北側の仮設停留場(ホームは2面1線)に移転した。 同停留場は接続工事が完了した、2020年(令和2年)3月21日に廃止された。 1970年(昭和45年)当時の富山駅周辺航空写真。 現北口より富岩運河方面へ分岐している路線は富山港線奥田支線 かつてはJR貨物の駅として車扱貨物及びコンテナ貨物を取り扱っていたが、1990年(平成2年)3月10日より富山貨物駅にその機能を移転し、当駅における貨物の取り扱いは廃止された。 1953年(昭和28年)10月10日付『鉄道公報』第1254号通報専用線一覧別表掲載中、当駅接続の専用線は次の通りであった。 北陸砂利鉱業線(動力:国鉄機関車及び手押、作業粁程:0. 1粁、備考:国鉄砂利線発送に限る) 1970年(昭和45年)10月1日時点における当駅接続の専用線は以下の通りであった。 北陸砂利鉱業線(動力:国鉄機関車及び手押、作業粁程:0. 1、総延長粁程:0. 1粁) なお、1983年(昭和58年)4月1日時点における各駅接続の専用線を列挙した1983年(昭和58年)4月1日付『鉄道公報』第10023号別表『専用線一覧表』に当駅接続の専用線は記載されていない。 商業施設 [ ] は当該項目を参照のこと。 富山駅高架下 [ ] 構造上、富山軌道線により東西に分断されており、北陸新幹線高架下の東側が「きときと市場 とやマルシェ」、西側が「クラルテ」として2015年3月14日の新幹線開業に合わせてオープン、あいの風とやま鉄道線高架下の東側が「とやマルシェ のれん横丁」、西側が「とやマルシェ EATS de Meets」として2020年5月9日に一部オープンした。 富山県の自然をとして、建物のエクステリアは木目調のルーバーを使用しており、また南側出入口には富山県産杉を用いた組子細工を取入れている。 これに加えて、インテリアには富山のガラス細工や井波の欄間彫刻を取入れた。 訪日外国人の利用を視野に、施設内においては富山が利用可能となっている。 最新の入居テナントは脚注リンク参照。 施設名称の「クラルテ」は、フランス語において「光」や「かがやき」を意味する言葉である。 主として日常の生活用品を求める客をターゲットとしている。 飲食店、ドラッグストア、コンビニエンスストアなどが入居している。 年表 [ ]• 2013年(平成25年)• 5月9日 - 西日本旅客鉄道が、北陸新幹線開業後の当駅駅舎高架下に商業施設を整備する旨をアナウンスする。 9月4日 - 富山ターミナルビルが、出店希望者に向け説明会を行い、同施設の建設概要についてリリースする。 2014年(平成26年)• 3月28日 - 北陸新幹線高架下の商業施設の名称を「きときと市場 とやマルシェ」「クラルテ」とする旨を決定する。 12月11日 - 北陸新幹線高架下の商業店舗の入居店舗および開業日が決定する。 2015年(平成27年)• 3月14日 - 北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間開業に合せ、「きときと市場 とやマルシェ」「クラルテ」がオープンする。 2016年(平成28年)4月15日 - 洋菓子を取扱う「あるぺん村」の店舗が入居する。 2020年(令和2年)• 3月19日 - あいの風とやま鉄道線高架下の商業施設の名称および入居店舗が決定する。 5月9日 - 「とやマルシェ のれん横丁」「とやマルシェ EATS de Meets」が一部開業。 1982年(昭和57年)11月7日 - 商業ビル建設のため、当駅東側の国鉄宿舎を撤去する。 1985年(昭和60年)• 7月17日 - 富山ターミナルビル及び富山地方鉄道が、建設中の「富山ターミナルビル」及び「電鉄富山駅ビル」の計画概要を公表する。 11月28日 - 富山駅前立体駐車場が完成し、電鉄富山駅の乗務区施設を移転する。 1986年(昭和61年)4月14日 - 当駅駅ビル内に入居すべき経営会社として富山地鉄ホテルを設立する。 1987年(昭和62年)12月5日 - 電鉄富山駅ビル「エスタ」がオープンする。 1990年(平成2年)4月19日 - エスタのを行う。 2015年(平成27年)3月12日 - エスタ内のアルビスエスタ店が改装され、Wi-Fiを導入する。 施設概要 [ ] 地上部には、などの飲食店やなどが、地下にはスーパーマーケット『』が入居している。 エスタの名称はによるネーミングで、で駅を意味するエスタシオン(estacion)と、英語の "Enjoy Shopping Terminal Area" の を掛けている。 昭和63年度富山県建築賞に入選した。 マリエとやまへの連絡通路がある。 最新の入居テナントについては、脚注内のリンクを参照。 閉業した商業施設 [ ] かつて富山駅構内にあったは当該項目を参照のこと。 駅弁 [ ] 主な駅弁は下記の通り。 名物であるの当駅における販売は、(明治45年・大正元年)より開始された。 三色ちらし弁当• ぶりのすし小箱• つるぎ• ますのすし小丸• 富山味づくし• ますのすし(一重)• ぶりのすし• 特選ますのすし• ますのすし(二重)• ますぶりすし重ね 利用状況 [ ]• JR西日本 - 2018年度の1日平均は 8,343人 である。 あいの風とやま鉄道 - 2018年度の1日平均 乗車人員は 11,830人である。 同社の駅では利用者が最も多い。 富山地方鉄道(電鉄富山駅) - 2018年度の1日平均は 7,699人である。 同社の駅では利用者が最も多い。 「富山県統計年鑑」と「富山市統計書」によると、近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は以下の通り。 年度 国鉄 JR西日本 あいの風 富山地方鉄道 電鉄富山駅 1日平均 乗車人員 1日平均 乗車人員 1日平均 乗降人員 1日平均 乗車人員 1965年(昭和40年) 25,196 未 開 業 1970年(昭和45年) 21,978 1975年(昭和50年) 22,772 19,862 1980年(昭和55年) 20,606 17,578 1985年(昭和60年) 19,239 13,814 1988年(昭和63年) 19,304 11,629 1989年(平成元年) 19,188 11,244 1990年(平成 02年) 19,861 11,419 1991年(平成 03年) 21,834 11,280 1992年(平成 04年) 21,906 10,990 1993年(平成 05年) 21,703 10,474 1994年(平成 06年) 21,754 9,840 1995年(平成 07年) 21,278 9,523 1996年(平成 08年) 21,492 9,351 1997年(平成 09年) 20,614 8,702 1998年(平成10年) 20,268 8,196 1999年(平成11年) 19,823 7,659 2000年(平成12年) 19,488 7,242 2001年(平成13年) 18,688 6,873 3,509 2002年(平成14年) 17,990 6,879 3,518 2003年(平成15年) 17,952 6,452 3,273 2004年(平成16年) 17,419 6,328 3,192 2005年(平成17年) 17,106 6,426 3,260 2006年(平成18年) 16,611 6,475 3,304 2007年(平成19年) 16,729 6,500 3,294 2008年(平成20年) 16,699 6,386 3,272 2009年(平成21年) 16,207 6,324 3,229 2010年(平成22年) 15,867 6,524 3,312 2011年(平成23年) 15,746 6,610 3,392 2012年(平成24年) 15,767 6,709 3,453 2013年(平成25年) 15,967 6,894 3,473 2014年(平成26年) 14,375 6,912 3,702 2015年(平成27年) 7,901 11,373 7,422 4,078 2016年(平成28年) 7,843 11,388 7,649 4,039 2017年(平成29年) 8,121 11,543 7,752 4,155 2018年(平成30年) 8,343 11,830 7,699 4,274 下記の各年度における当駅の乗車人員は次の通りである。 年度 国鉄 1950年(昭和25年) 4,636,696 1960年(昭和35年) 8,279,303 駅周辺 [ ] 南口 [ ] 駅北ブールバール 南口は、後、富山市の表玄関として発展してきた。 北口 [ ] 北口は、長い間「駅裏」と呼ばれていたが 、近年の再開発により、新しい富山の玄関として整備され、現在は「駅北」とも呼ばれている。 西口 [ ] 西口は富山駅西口交通広場として整備されていて、一般車降車場・駐輪場がある また、駅周辺には富山市の自転車共同利用システム・のステーションが複数設置されている。 バス [ ] 南口にバスターミナルがあり、(地鉄バス)が周辺各地への路線バスを運行させている。 北陸新幹線の開業に伴う新駅舎の使用開始に伴い、2015年(平成27年)3月14日より富山駅南口のバスのりばが再度移転となり、スペース等の問題で分散していた富山地方鉄道のバスのりばが集約された。 ただし、一部路線は北口を経由する。 南口バスターミナル [ ]• 1番のりば:高速バス(長距離便)• 富山 - 池袋・新宿線(富山地方鉄道、、)• (富山地方鉄道、)• (富山地方鉄道、)• 富山 - 新潟線(富山地方鉄道、)• 金沢・富山 - 山形・仙台線(富山地方鉄道、)• 金沢・富山 - 仙台線「百万石ドリーム政宗号」(、)• (西日本ジェイアールバス、)• (西日本ジェイアールバス)• (西日本ジェイアールバス、)• 北陸ドリーム四国号 徳島・高松・高知方面(西日本ジェイアールバス・)• 百万石ドリーム広島号 岡山・広島方面(西日本ジェイアールバス・)• 富山 - 高山線〔白川郷経由〕(富山地方鉄道、)• 2番のりば:高速バス(中距離便)、特急バス、定期観光バス• 富山 - 金沢線(富山地方鉄道、)• 富山 - 城端線(富山地方鉄道)• 富山 - 神岡・新穂高・平湯温泉線(富山地方鉄道、濃飛バス)• 富山ぶりかにバス(新湊・氷見方面)• 北西回り・南回りルート〔各ルート毎日6便〕(富山地方鉄道)• 富山市市街地の・・観光施設を巡る周遊バス。 3番のりば:10番台系統(小杉、高岡、新湊、四方(布目経由)方面)• 4番のりば:70番台系統(新庄、針原、水橋、滑川方面)、80番台系統の一部(米田、済生会病院方面)• 5番のりば:30番台系統の一部(笹津、猪谷方面)、40番台系統(南富山、辰尾団地、福沢、国立高専方面)• 6番のりば:20番台系統(有沢、速星、八尾、山田方面)、30番台系統の一部(富山空港方面)、50番台系統(大泉、五百石(大泉経由)、不二栄町方面)• 7番のりば:80番台系統の一部(興人団地方面)、90番台系統(新桜谷町、四方(八幡経由)方面)、富山駅北口・赤十字病院方面 北口ロータリー [ ] 一部の路線バスのほか、から転換された高速バスが発着する。 1番のりば• 赤十字病院、興人団地方面• 東京駅(鍛冶橋駐車場)・行/・行「JAMJAMライナー」()• ・東京駅(鍛冶橋駐車場)・東京ディズニーランド行「オリオンバス」()• バスタ新宿・東京ディズニーランド行(中日本ツアーバス)• バスタ新宿・行「さくら高速バス」()• 東京駅(八重洲通り)・・東北急行バス東京営業所行「きまっし号」(・)• 2番のりば• 藤の木、不二栄町方面• 西口・(鍛冶橋駐車場)・()・西口行「」()• 東京駅(鍛冶橋駐車場)・東京ディズニーシー行「グリーンライナー」()• 池袋()・東京ディズニーランド行「」(WILLER EXPRESS)• 池袋(サンシャインシティ)・・行「WILLER EXPRESS」(WILLER EXPRESS)• バスタ新宿・東京()・行「VIPライナー」()• 3番のりば:国立高専方面• 4番のりば• アピタ東店方面• から先のと一体で「不二越・上滝線」と案内される。 従前の富南鉄道富山駅は電鉄富山駅に統合されたものと考えられるが、その時期は不詳。 昭和18年の路線名改称時、旧富南鉄道線を含む電鉄富山駅 - 粟巣野駅間が「立山線」に変更されたとされるが 、一方で昭和23年5月の『』の富山地方鉄道の欄には、富南鉄道を合併した「富山、南富山」と、富山電気鉄道が開業した「電鐵富山、富山田地方」の両区間がこの表記で併記されている。 この記述は、昭和33年度『私鉄要覧』(昭和33年10月1日現在)では前者が「電鉄富山、南富山」に改められており、この時点までには電鉄富山駅に統合されていたと考えられる。 立山線のうち、非電化である旧富南線区間については引き続き富南線として南富山駅以東と区別することがあった。 これは、転換前のJR北陸本線がと接続する起点となっているためである。 は在来線と同じように、金沢方面が「上り」、新潟方面が「下り」となっている。 JRおでかけネットの富山駅時刻表における発車番線の記載による。 2015年5月時点では14:44発の越中八尾駅行きが該当。 当初予定では「春」を3 - 6月、 「秋」を7月 - 10月、「冬」を11月 - 2月に使用とされていた。 本文記載のとおり、後に富山鉄道、富南鉄道を経て当駅に統合されたと考えられる富山軽便鉄道の富山駅の開業は(3年)だが、平成26年度『』は電鉄富山駅 - 富山田地方駅間の開業日を富山電気鉄道線開業の6年と記載しており、寺田裕一『改訂新版 データブック日本の私鉄』(、)でも同日を当駅の開業日としている。 なお、昭和44年度『私鉄要覧』では、本線とは別に立山線(現・)電鉄富山駅 - 間(本線と異なり、中間に富山田地方駅が置かれなかった)を別途記載しており、そちらでは同区間を含む電鉄富山駅 - 南富山駅間の開業日を大正3年12月6日としていた。 北陸新幹線(18日間)、北陸本線(347日間)、高山本線(365日間)の合算 出典 [ ]• 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 1998年• 『北陸政論』明治32年(1899年)2月17日号に曰く「北陸鉄道富山停車場については神通川河川改修工事落成の上ならでは停車場の位置確定せざる都合にて、今の停車場すなはち婦負郡田刈苅屋村仮停車場より富山市内に通ずる本路線はいづれ同停車場まで開通の上を待ち、しかる後工事に着手するはずなりといへり」(草卓人編『鉄道の記憶』、平成18年2月、桂書房)• 明治39年逓信省告示第516号(『官報』、1906年(明治39年)11月24日、内閣印刷局)• 富山県編、『富山県政史』第一巻、1936年(昭和11年)5月、富山県• 明治42年告示第54号、『官報』第7891号所収、1909年(明治42年)10月12日、内閣印刷局• 富山県『富山県政史土木交通史 第六巻(乙)』、1947年(昭和22年)12月、富山県• 編『昭和天皇実録 第四』、2015年(平成27年)9月、東京書籍• 昭和2年8月25日鉄道省告示183号(『官報』第198号所収、1927年(昭和2年)8月25日、内閣印刷局)• 久野治志「富山-呉羽、富山-西富山間単線自動閉塞装置と田苅屋信号場の遠隔制御装置に就て、『信号』第9巻4号所収、1936年(昭和11年)7月、信号会• 鉄道省運輸局編『貨物積卸機械利用の栞』(13頁)、1930年(昭和5年)12月、鉄道時報局• 「富岩鉄道株式会社所属鉄道富山、富山口間零哩四分本月十一日ヨリ旅客運輸営業開始ノ旨届出アリタリ」(『官報』第466号、昭和3年7月17日、内閣印刷局)• 昭和8年鉄道省告示第103号(『官報』、1933年(昭和8年)3月28日、内閣印刷局)• 昭和9年10月19日鉄道省告示第499号(『官報』第2341号所収、1934年(昭和9年)10月19日、内閣印刷局• 日本国有鉄道編『日本国有鉄道百年史 第8巻』、1971年(昭和46年)12月、日本国有鉄道• 郵政省編『続逓信事業史 第三巻 郵便』(401頁)、1960年(昭和35年)12月、前島会• 「富岩鉄道株式会社ニ於テ富山市ヨリ借受鉄道富山、日曹工場前間二粁一分本月二十四日ヨリ貨物運輸営業開始ノ旨届出アリタリ」(『官報』第3496号、昭和13年8月27日)• 『官報』第4784号、昭和17年12月21日、大蔵省印刷局• 昭和18年鉄道省告示第24号(『官報』、1943年(昭和18年)2月23日、内閣印刷局)• 昭和18年5月25日鉄道省告示第119号(『官報』第4907号、昭和18年5月25日、大蔵省印刷局)• 昭和19年通信院告示189号及び191号(『官報』、1944年(昭和19年)4月19日、大蔵省印刷局)• - 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呉羽から富山 時刻表(あいの風とやま鉄道線)

富山 駅 から 呉羽 駅

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