鶴見 川 シーバス。 鶴見川 シーバスポイント 鷹野大橋・鶴見大橋・鶴見橋 の攻略法を紹介!

鶴見川シーバス バチ抜け?

鶴見 川 シーバス

約10年間大阪に住みずっと同じ勤務先に勤めていた私が、初めての異動となった。 しかし、仕事の内容は関東と関西の両方を管轄する重要業務で、大阪の住居はそのままに別に新しく横浜に仮住まいを置き、何週間かごとに住まいも仕事場も入れ替わるというような生活。 そのため1年近くに渡って、釣りに関しては大阪に滞在している期間の休日にのみ釣行するというスタイルを取っていた。 慣れない転勤先での釣りが皆目分からなかったことと、仕事上そんな余裕がなかったためでもある。 しかし、そんな生活も2005年の9月にいったん区切りがつく。 当時の私は、全国に数拠点の事業所を構える中堅企業の、その中のただ一人のシステム管理者だった。 そのあまりのハードワークに私は倒れ、過労死するかというような状態にまで陥り3ヶ月間休職。 その間は和歌山にある実家にて療養していたのだが、体調が少しずつ良くなるにつれ外出も出来るようになり、リハビリとして毎日のように釣りに行きまくった。 そしてその年の暮れに復職、2006年からは横浜だけに拠点を落ち着かせ腰を据えて仕事をすることになった。 一度過労で倒れた私の身体は、その後も決して良いものではなかった。 軽症うつ病でひきこもりがちでもあった私は、精神神経科に通いながらなおも仕事をこなし続け、昨年の休職時に悟った自分には釣りという楽しみがあるという一種の支えのような気持ちと、リハビリという意味から横浜での釣りを始めた。 仮住まいにしていたウィークリーマンションのすぐそばを流れる、早渕川という小さな、水が汚く細いミゾのような川だった。 それから最寄りの釣り具店 キャスティング から仕入れた情報を元に、自転車で近所の鶴見川にも探りを入れ始めた。 しかし、バスが釣れるというポイントも非常に魚影が薄く、というよりもバスの姿など全く確認できず、釣りにはならなかった。 シーバスも釣れるということだったので河口近くまで下ってみたりもしたが、全面護岸の鶴見川下流域に魚が釣れるような雰囲気は全く感じ取れなかった。 バス用のウルトラライトのスピニングタックルを用い、小さめのルアーをトップで食わせるという独特の釣り方で、初魚は会社のすぐ近くを流れる幅1メートル程度のホソ。 そこも鶴見川水系に当たる小川だったが、そこではエサ釣りもしたしオイカワ釣りもした。 しかし、鶴見川水系のコイはよく太っていて引きが強く、バス用ウルトラライトではパワー不足を感じたため、釣り具店に行きコイをメインにシーバスとそれとバスにも使える物をと新しいロッドを購入。 それが、その後の運命を変えたシーバスロッド、DAIWA morethan 70L-3。 それに合わせてガタの来ていたリールも買い替え SHIMANO '02 TWINPOWER 2000 から SHIMANO '06 TWINPOWER Mg 2500S 、総額6万5千円超と、コイがメインにしては贅沢過ぎるタックルセレクトだった。 試しに管理釣り場、川崎市にあるにトラウトを狙いに行ってみたが、夏場の一番暑く水温も高い時期、放流もしておらず受付の人も最悪の状況と言う中での釣り。 タックルも持っている中で一番繊細なMデレ バス用のDAIWA HEARTLAND-Z 冴掛ミッジディレクション、本当は渓流用トラウトロッドのSMITH BUNSUIRAY BSL-56UMLも持っていたのだが を使ったのだが、PEラインの先にリーダーだけを3ポンドに落としたというおよそトラウトには不似合いなラインシステムで、まともなバイトは4回のみという渋い結果に終わる。 釣り具店での情報では、シーバスのポイントはもっと下流、そしてバスのポイントはもっと上流ということだった。 そんな中途半端なところでも、コイはたくさん泳いでいたため、それに主な狙いを定めて半信半疑で釣りを展開していった。 両岸とも斜めに護岸された先に2メートル程度の幅で水平に足場のようなものが張り出し、そこからは切り立った岸壁となるという変わった護岸。 そのいわば足場のところから釣りをしていて、岸壁沿いに水深に合わせて中層を攻めていたら、シーバスのバイトを得ることが出来たのだ。 一度目はコイとばかり思っていたため何の構えもなくバラしてしまったが、二度目は落ち着いて取り込み、横浜鶴見川での初シーバスをゲット。 そこから、私は鶴見川のシーバスにどっぷりとハマることとなる。 ルアー釣りはバスがメインだったが、実家に帰った時にいつもヒラセイゴのルアー釣りをしていたため、その経験が役にも立った。 ほとんど誰もシーバスなど狙わない場所で、3ヶ月間で50本以上のシーバスを掛けることが出来たのだ 注: セイゴも含む。 そんな私の釣行の足跡は『』のページを見ていただければわかる。 初ヒットからほぼ毎休みを鶴見川に通うようになった。 それも黄金色がかった体色が特徴で、コンディションも良く引きの強い個体が多い。 そして、シーバスだけでなくほかの魚や生き物達も豊富に棲息している。 市街地に端を発する巨大な下水溝とも言える川で、日本で汚い川ワースト3とも言われているらしいが、私が半年程度の間釣りをしていて触れることのできた種は実に多い。 コイ、ボラ、スズキはもちろん、オイカワ、ゴリ 淡水のハゼ 、テナガエビ、マブナ、ヘラブナ、ブルーギル、キビレ クロダイ 、バス、ハゼ 海から上ってくるほう 、コトヒキ、アカミミガメ、ザリガニ、ワニガメ、そして明らかに日本古来の魚でない、密放流と思われるカラシン系の熱帯魚などなど。 釣り場で知り合った人の話ではマルタ ウグイ や時にはアユすらも入ってくることがあると言う。 シーバス歴1ヶ月のつたない腕であるから、はっきり言って本数は大したことがないのだが、それでも毎回1〜2本は釣れたのだからこの川は凄いと思った。 そんな釣果情報を私はこの自分のページに包み隠すことなく書き記していたのだが、それを見て釣りに来る人も何人かいて、釣り場で会ったり、わざわざ私を探して会いに来てくれたりしてくれた人もいた。 もちろん少ないながらも地元アングラーとして釣っている人とも出会えた。 みんなとてもいい人ばかりで、その誰もに共通するのが本当に釣りが好きな人ばかりという印象。 毎日とまではいかないまでも週二回ペースで通っていたため、常連のハゼなどの小物釣りをする人達とも顔見知りになり、会う度に挨拶から長話までするようになり、その人達もみんなとてもいい人ばかりだった。 そんな感じで世間のイメージとは裏腹に非常に豊かな自然と、温かかな人達と触れ合うことができたのだった。 それが私が大阪に去った現在もチームラリオ横浜本部、別称鶴見川漁協として活動を続ける筋金入りの釣りバカ集団である。 そのメンバーとの出会いは私にとってとても大きなものをもたらしてくれた。 またその釣りバカ集団に所属するわけではないが、同じく鶴見川沿岸に住むシーバスアングラーとその仲間達との交流もあった。 お互い、釣果やポイントの情報を交換したりして同じフィールドを共に楽しんだのだった。 私はまた異動になり、大阪に転勤することになったからだ。 釣り仲間達には送別会までしてもらい、最後の釣行ということでチームラリオ横浜本部全メンバーで行った日の納竿の際には、集団記念撮影まで行った。 そしてその後、私はこの鶴見川を後にした。 ちなみに、チームラリオ横浜本部は私が去った後は若手にリーダーを任せ、関西にいる釣り仲間達で構成されるチームラリオ関西本部と共に活動を続けて行くことになる。 私が鶴見川で約3ヶ月間、せっせとポイントを開拓し自分なりに攻略した成果は決して無駄にはならず、地元の人達に受け継がれたのだろうと思っている。 チームラリオ横浜本部のメンバーのみならず、私のこのページを見てや、釣り場で私と出会って鶴見川で釣るようになったという人は少なくない。 気温水温ともまだ高い夏の間は、日中のシェードおよびストラクチャーのいわゆる夏パターンを理解して思い通りに釣ることができたのだが、気温水温ともに徐々に下がってきて秋っぽくなってくると、いわゆる秋パターンというものが把握できなくなってしまい釣果がストップしてしまっていたからだ。 チームラリオの一部を除くメンバーも集結予定でいつものように日中から出て、いつものように釣りをした。 その何気ない時間の中で、この川で釣りが出来たことがとても幸せだったということを実感したり。 最初はコイに始まった鶴見川での釣り、その日はスレだったがコイの感触を味わうことが出来て、終わりもコイだけでいいかもとすら思った。 秋パターンという意識で魚が見えなくなってしまい正直焦っていたが、それは落とし穴でそこにハマってしまうと余計に釣れなくなる。 夏パターンは制したなどというのは大きな思い上がりで、日々パターンは変わるからそんなものはなく、その日その時の状況に合わせて釣ることが大事。 ただ自分の釣りをすればいいんだ、ということ。 それに気付いた私に、また鶴見川は応えてくれた。 最後の最後に、ぎりぎりスズキクラスの61センチを、自分らしい釣り方で釣ることができて締めくくることができた。 私は待望のスズキクラスをキャッチ。 この日はほかに5本上げたが、玉の柄が壊れてなくておしゃべりもしてなかったらもっと釣れていただろう。

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鶴見川シーバス バチ抜け?

鶴見 川 シーバス

鶴見川シーバスポイントの攻略法 鶴見川は古くからシーバスポイントとして有名です。 横浜市を蛇行して流れ、両岸ともずっと護岸された典型的な都市型河川です。 シーバスは約 15km 上流の新横浜駅に近い亀甲橋の手前まで溯上することが知られています。 しかし、実際に確率よく釣ることを考えると、亀甲橋から約 7km 下流の鷹野大橋から下流がメインポイントになるでしょう。 鷹野大橋がポイントとしていいのは、すぐ上流左岸から流れ込む矢上川の存在です。 細い河川なので、ふだんはそれほど水量も多くありません。 雨後に増水して鶴見川へがんがんに流れ込んでいるような状況には特に有望ポイントになります。 鷹野大橋の右岸下流側は護岸されています、 橋近くは護岸が少し前に出ているので、ここから鶴見川の流芯を狙うことができます。 ウエーディングで狙っても面白いでしょう。 狙いは流れのヨレですが、雨後に増水した矢上川からの流れがあれば、その境目は見逃せません。 急に深くなる場所なので、あまり前に出すぎないよう注意してください。 左岸側の橋下は草地から釣ることになります。 右岸とともに橋脚や明暗部を狙うことができます。 末吉橋と 新鶴見橋、 森永橋にかけては、護岸されていてます。 橋と岸際以外に目立ったストラクチャーやブレイクもありません。 橋の常夜灯以外は、 テクトロで狙うのが効率的で実績も高いです。 森永橋から約 500m 下流にある JR の鉄橋付近は、流れがカーブする場所にあたります。 内側になる左岸は、バチ抜けの有名ポイントです。 1 月からバチ抜けが始まり、 4 月ごろまで続きます。 鶴見川でのバチ抜けは、上流ほど早く始まり順に下流側へ移っていきます。 JR 鉄橋から 鶴見橋は、周辺の常夜灯がかなり明るい場所です。 ここから徐々に浅くなり、 下流の芦穂橋までの区間は、干潮時には干潟も出るほどのシャローエリアです。 満潮時など潮位が高い時間帯に釣ったほうがいいでしょう。 芦穂橋から約 600m 下流にある潮鶴橋の間は、右岸側(西側)が浅くなっていてバチ抜けが多いです。 バチ抜けは 3 ~ 4 月にピークを迎えます。 潮鶴橋から 下流の首都高速神奈川 1 号横羽線まで釣ることができます。 その間には 2 本の橋と 1 本の鉄橋があります。 橋の明暗部や岸壁際がポイントになります。 橋と橋の間はテクトロで狙うのが効果的です。 鶴見川の各ポイントは、手軽にアプローチできます。 週末と大潮まわりには釣り人が多いです。 譲り合ってトラブルのないよう楽しみましょう。

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海老取川河口シーバス釣りポイント シークレットルアーも紹介!

鶴見 川 シーバス

約10年間大阪に住みずっと同じ勤務先に勤めていた私が、初めての異動となった。 しかし、仕事の内容は関東と関西の両方を管轄する重要業務で、大阪の住居はそのままに別に新しく横浜に仮住まいを置き、何週間かごとに住まいも仕事場も入れ替わるというような生活。 そのため1年近くに渡って、釣りに関しては大阪に滞在している期間の休日にのみ釣行するというスタイルを取っていた。 慣れない転勤先での釣りが皆目分からなかったことと、仕事上そんな余裕がなかったためでもある。 しかし、そんな生活も2005年の9月にいったん区切りがつく。 当時の私は、全国に数拠点の事業所を構える中堅企業の、その中のただ一人のシステム管理者だった。 そのあまりのハードワークに私は倒れ、過労死するかというような状態にまで陥り3ヶ月間休職。 その間は和歌山にある実家にて療養していたのだが、体調が少しずつ良くなるにつれ外出も出来るようになり、リハビリとして毎日のように釣りに行きまくった。 そしてその年の暮れに復職、2006年からは横浜だけに拠点を落ち着かせ腰を据えて仕事をすることになった。 一度過労で倒れた私の身体は、その後も決して良いものではなかった。 軽症うつ病でひきこもりがちでもあった私は、精神神経科に通いながらなおも仕事をこなし続け、昨年の休職時に悟った自分には釣りという楽しみがあるという一種の支えのような気持ちと、リハビリという意味から横浜での釣りを始めた。 仮住まいにしていたウィークリーマンションのすぐそばを流れる、早渕川という小さな、水が汚く細いミゾのような川だった。 それから最寄りの釣り具店 キャスティング から仕入れた情報を元に、自転車で近所の鶴見川にも探りを入れ始めた。 しかし、バスが釣れるというポイントも非常に魚影が薄く、というよりもバスの姿など全く確認できず、釣りにはならなかった。 シーバスも釣れるということだったので河口近くまで下ってみたりもしたが、全面護岸の鶴見川下流域に魚が釣れるような雰囲気は全く感じ取れなかった。 バス用のウルトラライトのスピニングタックルを用い、小さめのルアーをトップで食わせるという独特の釣り方で、初魚は会社のすぐ近くを流れる幅1メートル程度のホソ。 そこも鶴見川水系に当たる小川だったが、そこではエサ釣りもしたしオイカワ釣りもした。 しかし、鶴見川水系のコイはよく太っていて引きが強く、バス用ウルトラライトではパワー不足を感じたため、釣り具店に行きコイをメインにシーバスとそれとバスにも使える物をと新しいロッドを購入。 それが、その後の運命を変えたシーバスロッド、DAIWA morethan 70L-3。 それに合わせてガタの来ていたリールも買い替え SHIMANO '02 TWINPOWER 2000 から SHIMANO '06 TWINPOWER Mg 2500S 、総額6万5千円超と、コイがメインにしては贅沢過ぎるタックルセレクトだった。 試しに管理釣り場、川崎市にあるにトラウトを狙いに行ってみたが、夏場の一番暑く水温も高い時期、放流もしておらず受付の人も最悪の状況と言う中での釣り。 タックルも持っている中で一番繊細なMデレ バス用のDAIWA HEARTLAND-Z 冴掛ミッジディレクション、本当は渓流用トラウトロッドのSMITH BUNSUIRAY BSL-56UMLも持っていたのだが を使ったのだが、PEラインの先にリーダーだけを3ポンドに落としたというおよそトラウトには不似合いなラインシステムで、まともなバイトは4回のみという渋い結果に終わる。 釣り具店での情報では、シーバスのポイントはもっと下流、そしてバスのポイントはもっと上流ということだった。 そんな中途半端なところでも、コイはたくさん泳いでいたため、それに主な狙いを定めて半信半疑で釣りを展開していった。 両岸とも斜めに護岸された先に2メートル程度の幅で水平に足場のようなものが張り出し、そこからは切り立った岸壁となるという変わった護岸。 そのいわば足場のところから釣りをしていて、岸壁沿いに水深に合わせて中層を攻めていたら、シーバスのバイトを得ることが出来たのだ。 一度目はコイとばかり思っていたため何の構えもなくバラしてしまったが、二度目は落ち着いて取り込み、横浜鶴見川での初シーバスをゲット。 そこから、私は鶴見川のシーバスにどっぷりとハマることとなる。 ルアー釣りはバスがメインだったが、実家に帰った時にいつもヒラセイゴのルアー釣りをしていたため、その経験が役にも立った。 ほとんど誰もシーバスなど狙わない場所で、3ヶ月間で50本以上のシーバスを掛けることが出来たのだ 注: セイゴも含む。 そんな私の釣行の足跡は『』のページを見ていただければわかる。 初ヒットからほぼ毎休みを鶴見川に通うようになった。 それも黄金色がかった体色が特徴で、コンディションも良く引きの強い個体が多い。 そして、シーバスだけでなくほかの魚や生き物達も豊富に棲息している。 市街地に端を発する巨大な下水溝とも言える川で、日本で汚い川ワースト3とも言われているらしいが、私が半年程度の間釣りをしていて触れることのできた種は実に多い。 コイ、ボラ、スズキはもちろん、オイカワ、ゴリ 淡水のハゼ 、テナガエビ、マブナ、ヘラブナ、ブルーギル、キビレ クロダイ 、バス、ハゼ 海から上ってくるほう 、コトヒキ、アカミミガメ、ザリガニ、ワニガメ、そして明らかに日本古来の魚でない、密放流と思われるカラシン系の熱帯魚などなど。 釣り場で知り合った人の話ではマルタ ウグイ や時にはアユすらも入ってくることがあると言う。 シーバス歴1ヶ月のつたない腕であるから、はっきり言って本数は大したことがないのだが、それでも毎回1〜2本は釣れたのだからこの川は凄いと思った。 そんな釣果情報を私はこの自分のページに包み隠すことなく書き記していたのだが、それを見て釣りに来る人も何人かいて、釣り場で会ったり、わざわざ私を探して会いに来てくれたりしてくれた人もいた。 もちろん少ないながらも地元アングラーとして釣っている人とも出会えた。 みんなとてもいい人ばかりで、その誰もに共通するのが本当に釣りが好きな人ばかりという印象。 毎日とまではいかないまでも週二回ペースで通っていたため、常連のハゼなどの小物釣りをする人達とも顔見知りになり、会う度に挨拶から長話までするようになり、その人達もみんなとてもいい人ばかりだった。 そんな感じで世間のイメージとは裏腹に非常に豊かな自然と、温かかな人達と触れ合うことができたのだった。 それが私が大阪に去った現在もチームラリオ横浜本部、別称鶴見川漁協として活動を続ける筋金入りの釣りバカ集団である。 そのメンバーとの出会いは私にとってとても大きなものをもたらしてくれた。 またその釣りバカ集団に所属するわけではないが、同じく鶴見川沿岸に住むシーバスアングラーとその仲間達との交流もあった。 お互い、釣果やポイントの情報を交換したりして同じフィールドを共に楽しんだのだった。 私はまた異動になり、大阪に転勤することになったからだ。 釣り仲間達には送別会までしてもらい、最後の釣行ということでチームラリオ横浜本部全メンバーで行った日の納竿の際には、集団記念撮影まで行った。 そしてその後、私はこの鶴見川を後にした。 ちなみに、チームラリオ横浜本部は私が去った後は若手にリーダーを任せ、関西にいる釣り仲間達で構成されるチームラリオ関西本部と共に活動を続けて行くことになる。 私が鶴見川で約3ヶ月間、せっせとポイントを開拓し自分なりに攻略した成果は決して無駄にはならず、地元の人達に受け継がれたのだろうと思っている。 チームラリオ横浜本部のメンバーのみならず、私のこのページを見てや、釣り場で私と出会って鶴見川で釣るようになったという人は少なくない。 気温水温ともまだ高い夏の間は、日中のシェードおよびストラクチャーのいわゆる夏パターンを理解して思い通りに釣ることができたのだが、気温水温ともに徐々に下がってきて秋っぽくなってくると、いわゆる秋パターンというものが把握できなくなってしまい釣果がストップしてしまっていたからだ。 チームラリオの一部を除くメンバーも集結予定でいつものように日中から出て、いつものように釣りをした。 その何気ない時間の中で、この川で釣りが出来たことがとても幸せだったということを実感したり。 最初はコイに始まった鶴見川での釣り、その日はスレだったがコイの感触を味わうことが出来て、終わりもコイだけでいいかもとすら思った。 秋パターンという意識で魚が見えなくなってしまい正直焦っていたが、それは落とし穴でそこにハマってしまうと余計に釣れなくなる。 夏パターンは制したなどというのは大きな思い上がりで、日々パターンは変わるからそんなものはなく、その日その時の状況に合わせて釣ることが大事。 ただ自分の釣りをすればいいんだ、ということ。 それに気付いた私に、また鶴見川は応えてくれた。 最後の最後に、ぎりぎりスズキクラスの61センチを、自分らしい釣り方で釣ることができて締めくくることができた。 私は待望のスズキクラスをキャッチ。 この日はほかに5本上げたが、玉の柄が壊れてなくておしゃべりもしてなかったらもっと釣れていただろう。

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