レオナルド ダ ビンチ。 レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上 (岩波文庫 青 550

レオナルド・ダ・ヴィンチによる絵画作品の一覧|MUSEY[ミュージー]

レオナルド ダ ビンチ

[生]1452. イタリア,ビンチ [没]1519. フランス,クルー イタリアの画家,彫刻家,建築家,科学者。 フィレンツェのアンドレア・デル・に師事し,1472年に画家組合に登録。 1482年からので画家,彫刻家,建築家,兵器の技術者として活躍。 1499年フランス軍のミラノ占領により居を移し,,ベネチア,に滞在したが,1506年に再びミラノに戻り,科学的研究やの構築計画などを試みた。 1513年に教皇に招かれてローマに滞在。 1516年フランス王の招きでアンボアーズ近郊のクルー城に赴き,同地でした。 芸術と科学のを目指したの「万能の人」であり,の完成者,または解剖学,機械設計の研究者として知られた。 おもな作品は『』(1495~98,の修道院食堂),『』(1503~06,)など。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 イタリア盛期ルネサンスの巨匠。 トスカナ地方のビンチ村生れ。 絵画,彫刻,建築のほか,自然学,工学,音楽など多方面に才能を発揮し,ルネサンス的な〈普遍人〉の理想の体現者といわれる。 1466年フィレンツェに出て,の工房で絵画,彫刻を修業,師の《コレオーニ将軍騎馬像》制作に助手として参画し,《受胎告知》(1473年ころ,ウフィツィ美術館蔵),《ブノアの聖母》(1478年ころ,エルミタージュ美術館蔵)などを描いた。 1482年ミラノに赴きルドビコ・に仕え,1499年まで滞在。 その後,ミラノ,ローマで活動,1517年1世の招きでフランスのアンボアーズに行き,建築,運河工事に従事したが,2年後に同地で没した。 自然学的研究は,数学,物理,天文,植物,解剖,地理,土木,機械(飛行機や戦車の考案)など多岐にわたり,これらに関する手稿(《ウィンザー手稿》《マドリード手稿》《アトランティコ手稿》など)の類が諸方に残る。 その芸術・科学・自然観を全体として評価することが求められている。 したがってルネサンスにおける典型的な「万能の人」(ウォーモ・ウニベルサーレ)と目されている。 [裾分一弘] 生涯フィレンツェの近郊ビンチ村に、公証人ピエロと農家の娘カテリーナとの庶子として生まれる(4月15日)。 幼少時についてはバザーリほかにより才能の多彩が記されている以外、あまり知られておらず、14、15歳のころフィレンツェに出て、画家、彫刻家であるアンドレア・デル・ベロッキオの工房に徒弟として入り、美術家としての道を歩み始める。 自薦状には、あらゆる種類の土木工事、築城、兵器の設計ならびに製造に関し、自らの多方面の才能を数えたてたあとに、平和な時勢にあっては、絵画ならびに石造彫刻、鋳造彫刻の技にたけていることを付け加えている。 1502年の夏から約8か月間、チェーザレ・ボルジャの軍事土木技師としてロマーニャ地方に従軍。 [裾分一弘] 美術作品レオナルドの絵画作品で今日に残るものは数少ない。 ベロッキオの工房にあった第一次フィレンツェ時代には、師および同門との協同作『キリストの洗礼』(フィレンツェ、ウフィツィ美術館)、『ジネブラ・デ・ベンチの肖像』(ワシントン、ナショナル・ギャラリー)、2点の『受胎告知』(ウフィツィとルーブル美術館)、ともに未完の『三博士の礼拝』(ウフィツィ)と『聖ヒエロニムス』(バチカン美術館)がある。 第一次のミラノ時代にはサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂食堂の『最後の晩餐 ばんさん 』のほか、サン・フランチェスコ教会無原罪懐胎礼拝堂のための祭壇画『岩窟 がんくつ の聖母』(現、ルーブル)、素描のみが現存する彫刻『スフォルツァ騎馬像』を制作している。 第二次フィレンツェ滞在中には、ミケランジェロと競作になるはずであったパラッツォ・ベッキオ内の大壁画『アンギアリの戦い』(素描や模写のみ現存)を手がけ、その後はミラノ、フィレンツェ、ローマなどを遍歴の時期に『モナ・リザ』(ルーブル)を描き、弟子プレディスGiovanni A. このほか、素描の段階に終わった彫刻『トリブルツィオ将軍騎馬像』その他を加えても、レオナルドの芸術上の遺作は非常に少ないが、美術史上に記した足跡はきわめて大きい。 すなわち、絵画史のうえでは遠近法ならびに解剖学というクワットロチェント(15世紀)の精密な自然描写をさらに推し進めて、画面の統一構成ならびにスフマート(輪郭消失描法)による立体表現、明暗法を案出して、グラツィエ(優美)の表現を意図し、ルネサンス古典様式の典型とされる。 彫刻では、残された多くの素描から判断すると、像は静止像でなく、人馬の躍動する姿を追求し、そのための構成上の手段が種々考えられたように見受けられるが、巨大なブロンズ作としては力学的に制作が困難で、前記2点とも完成していない。 また建築上の仕事としては、これまた彼の設計になる建造物は実現されていないが、集中式の教会建築に特殊な興味を抱き、細部の力学的な構造を示す習作を数多く残している。 さらに一種の都市工学に関する構想をもち、それによると、都市を二重構造にし、下の道路は生活物資の運搬に、上の道路は人の自由な歩行のために、また道路の幅に応じて建造物の高さを規制し、海か川に面した都市の設計を理想としていたことがわかる。 以上でほぼ推測されるように、今日に残されたレオナルドの芸術上の作品は意外に少なく、他方それらの完成品のもととなった素描・エスキスの類は膨大な量に上り、彼が寡作の人であったことを証明している。 大別すると、素描・エスキス約500枚、手稿5000ページが、今日、イギリス、フランス、イタリア、スペインなどに分散して収蔵されている。 素描は前記美術的な遺作のもととなった準備的な習作の類であり、エスキスは200枚に及ぶ解剖図のほか、機械工学、水力学、築城、飛翔 ひしょう などに関する考案・くふうに満ちている。 彼はつねづね手製の小冊子を持ち歩き、おりに触れての断想や観察を記入し、図と文節を交えて書きとどめている。 左利きであったレオナルドは、それらの手稿に記入する際、文字を全部裏返しにして右から左に向けて綴 つづ った。 鏡に写すことによって初めて正常な書体になるので鏡字とよばれたが、これは研究の秘密が露見することを恐れたくふうではなく、もともと彼が左利きであったことによる。 この手稿類のなかから、絵画の理論と実技に関する部分を取り出して、弟子がレオナルドの『絵画論』1巻を編集したことは有名で、その原本は今日バチカンの教皇図書館に収蔵されている。 [裾分一弘] 科学・技術史からみたレオナルドレオナルドは、その生涯に膨大な数の手稿を残した。 それらの手稿には、絵画、彫刻、建築ばかりでなく、天文、気象、物理、数学、地理、地質、水力、解剖、生理、植物、動物、土木工事、河川の運河化、物をあげたり移動したりする装置、灌漑 かんがい 用排水装置、兵器、自動人形、飛行のための装置など多彩な分野のものが含まれている。 彼のそもそものスタートは絵画・彫刻であるが、その絵画・彫刻への関心を深めれば深めるほど、デッサンなどに精密さが要求され、おのずと観察力は鋭くなり、それが何事も徹底的に探究しなければ、事物に対する認識を深めることはできないとまで考えるに至ったのであろう。 たとえば、人物を描くには人体に関する知識の必要性を感じ、その知識を修得するために解剖を必要とした。 レオナルドは手稿のなかで次のように述べている。 「正確かつ完全な知識を得んがため、私は10あまりの人体を解剖し、さまざまな肢体すべてを解き、そして毛細血管から出る目に見えない血のほかは、いささかの出血をもおこすことなくそれらの血管の周りにある肉を、ごく微細な切れ端に至るまですっかり取り除いてしまったのである。 おまけに1個の死体だけではそんな長い時間に十分できなかったので、次から次へと数多くの死体によって継続する必要があった。 こうしてやっと完全な認識に達したのであった」。 このような姿勢で自然を観察し、自然を認識していったのである。 絵の手法を修練する過程でも、遠近法の原理を取り入れようとすれば、それに伴って数学の知識も必要になる。 徹底して探究していくことによって、いろいろな分野に論及せざるをえなくなっていくのである。 鳥の飛び方についての研究では、重さと密度の関係、風圧が翼に及ぼす力の影響について実験し、力学運動について論じている。 そして鳥とまったく同じ原理の器械をつくり、動力源に人間を使えば、人間が空を飛ぶことができるのではないかと考えるのである。 空を飛ぶという夢を実現しようと、パラシュートやヘリコプターのようなものまで考案している。 レオナルドは、鋭い観察によって自然界に対する認識を深めたが、同時に機械技術にも大きな関心をもっており、自然界は力学的・機械的運動をしているのではないかと考えたのである。 そして、そのようななかから生まれた彼の哲学は「知恵は経験の娘である」ということばに代表されるものである。 「二度三度それを試験して、その試験が同一の結果を生ずるか否かを観察せよ」「ただ想像だけによって自然と人間との間の通訳者たらんと欲した芸術家達を信じるな」といい、「実験から開始して、それによって理論を検証すること」が、一般法則をたてるためには重要であると主張する。 すなわち、自然界の法則性を明らかにしていくとは、自然を観察し、認識を深め、それを客観的な理論に発展させていくことであるとし、その理論を絶えず実践と統一的にとらえることの重要性を強調しているのである。 レオナルドは、手稿に書かれていることのすべてにわたって実験をしたり、実際にものをつくりあげたわけではないが、コペルニクスやガリレイが登場する以前に前述のような点を主張した。 まさに近代科学を準備した「万能の人」というのも当然の評価であろう。

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レオナルド・ダ・ビンチとは

レオナルド ダ ビンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)の英語&和訳のおすすめ名言と人物像 ルネサンス期No. 1万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉-お気に入りBEST3 (1)I have been impressed with the urgency of doing. Knowing is not enough; we must apply. Being willing is not enough; we must do. (私は実行することの重要性を痛感してきた。 知っているだけでは不十分だ。 知識は応用しなければならない。 意欲があるだけでは不十分だ。 実際にやらなければならない。 ) (2)The noblest pleasure is the joy of understanding. (最も高貴な娯楽は、理解する喜びである。 ) (3)There are three classes of people: those who see, those who see when they are shown, those who do not see. (人は3つのタイプに分けられる。 積極的に見る人、示されれば見る人、見ようとしない人だ。 レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯・功績・エピソード 【天才なだけでなく、イケメンで怪力でもあった万能人】 ルネサンス期には万能の天才と称するに値する人物が何人か現れている。 数学や天文学の他、望遠鏡を自作するほど工作技術にも優れていたやコペルニクスも万能人といえるだろう。 しかし万能の天才の代名詞といえばレオナルド・ダ・ヴィンチをおいてはいない。 ダヴィンチは優れた絵画を残したほか、科学や技術に関する様々な研究を行い、空を飛ぶ機械まで考案しようとしていた。 しかも容姿も整い片手で門を破壊するなど怪力の持ち主だったエピソードも残している。 【常人には理解しがたいミステリアスなエピソード】 ダヴィンチの実像を知るてがかりとして人が書いた伝記やダヴィンチ本人が書いた5000ページもの手稿があるが、こんなに才能に溢れた人物でありながら親しい女性の存在は生涯を通じて記録に残っていない。 ダヴィンチはメモには鏡文字を使用したが鏡文字は子供の頃からの癖だったようだ。 子供の頃から正規の教育は受けておらずほぼ完全に放任されて育った。 そのために文字を覚える際、向かいに座った人が文字を書くのを鏡に映ったように忠実に真似たため左手で右から左に左右が逆転した文字を書くようになったと考えられている。 そう考えられる理由のひとつとして生まれついての左利きではなくデッサンは左右両手で搔き分けていた。 「最後の晩餐」を手がけていた際、丸一日食事もとらずに壁画に向かって絵筆を動かしていたかと思うと3〜4日も絵を眺めているだけの時もあった。 【多岐にわたるダヴィンチの功績】 [芸術]絵画のほか、彫刻や建築、作曲も手がけたとされるが、彫刻や建築作品はいずれも未完あるいは計画段階で中止されている。 絵画作品も500点あまりに及ぶが、完成作で現存しているものは十数点と非常に少ない。 絵画対象を立体的にみせる輪郭消失描法を考案したり遠近法を採用するなど技術的にも後世に与えた影響は大きい。 [科学]人物を正確に描くため解剖学を研究。 遠近法を極めるために数学を追求するといった感じで様々な学問を研究した。 非商用利用の範囲内でご利用ください。 当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。 レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)の名言・格言 Wisdom is the daughter of experience. 知恵は経験の娘である。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより Tears come from the heart and not from the brain. 涙は心から生まれる、脳からではないのだよ。 The noblest pleasure is the joy of understanding. 最も高貴な娯楽は、理解する喜びである。 Nothing strengthens authority so much as silence. 沈黙ほど権力を強めるものはない。 Art is never finished, only abandoned. 芸術に決して完成ということはない。 途中で見切りをつけたものがあるだけだ。 Learning never exhausts the mind. 学ぶことは、決して心をすり減らしたりはしない。 As a well-spent day brings happy sleep, so life well used brings happy death. 充実した一日が幸せな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより The poet ranks far below the painter in the representation of visible things, and far below the musician in that of invisible things. 詩人は目に見える表現の中では画家よりはるか下に見られ、目に見えぬ表現の中では音楽家よりもはるか下に見られる。 Water is the driving force of all nature. 水は万物の原動力である。 In rivers, the water that you touch is the last of what has passed and the first of that which comes; so with present time. あなたが触る水が一番最後に過ぎ去ったものであり、また、一番最初に来るものである。 現在という時も同じである。 The greatest deception men suffer is from their own opinions. 人を苦しめるもっとも大きな欺瞞は自分の見識が生み出す。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより Simplicity is the ultimate sophistication. シンプルさは究極の洗練である。 The smallest feline is a masterpiece. 猫科の一番小さな動物、つまり猫は、最高傑作である。 Iron rusts from disuse; stagnant water loses its purity and in cold weather becomes frozen; even so does inaction sap the vigor of the mind. 鉄は使わなければ錆びる。 水は澱んでいれば濁り、寒空には凍ってしまう。 ましてや怠惰でいれば気力さえも失われる。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより As a well-spent day brings happy sleep, so a life well spent brings happy death. 充実した一日が幸せな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより Where the spirit does not work with the hand, there is no art. その手に魂が込められなければ、芸術は生まれないのだ。 Art is never finished, only abandoned. アートには決して完成ということはない。 途中で見切りをつけたものがあるだけだ。 食欲がないのに食べても健康に悪いように、やる気がないのに勉強しても記憶力が損なわれ、記憶したことは保存されない。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより While I thought that I was learning how to live, I have been learning how to die. 生きる方法を学んでいると思う間、私は死ぬ方法を学んでいた。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより He who does not punish evil commands that it be done. 悪を罰しない者は、悪をなせと命じているのだ。 Why does the eye see a thing more clearly in dreams than the imagination when awake? 起きているときの想像力よりも、眠っている時の夢のほうがはっきりとものが見えるのはなぜか? There are three classes of people: those who see, those who see when they are shown, those who do not see. 人は3つのタイプに分けられる。 積極的に見る人、示されれば見る人、見ようとしない人だ。 Anyone who conducts an argument by appealing to authority is not using his intelligence; he is just using his memory. 何かを主張をするのに権威を持ち出す人は全て、知性を使っているのではなく、ただ記憶力を使っているだけである。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより Where the spirit does not work with the hand, there is no art. 魂を込めて手を動かさなければ、芸術は生まれない。 Poor is the pupil who does not surpass his master. 哀れなのは、師を越えることのない弟子だ。 優れた画家はふたつのものを描く。 人と人の心の動きである。 The human foot is a masterpiece of engineering and a work of art. 人間の足は工学上の最高傑作であり、そしてまた最高の芸術作品である。 Marriage is like putting your hand into a bag of snakes in the hope of pulling out an eel. 結婚とは、蛇がいっぱい入った袋に手を入れてウナギを取り出すことを望んでいるようなものだ。 Time stays long enough for anyone who will use it. 時間を使いこなせる人には、十分な時間が手に入るものさ。 Iron rusts from disuse; water loses its purity from stagnation… even so does inaction sap the vigor of the mind. 鉄は使わないと錆びる、淀んだ水は鮮度を失い、寒さの中で凍りつく。 ましてや、怠惰は心の活力を奪う。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより The smallest feline is a masterpiece. 猫科の一番小さな動物、つまり猫は、最高傑作である。 I have been impressed with the urgency of doing. Knowing is not enough; we must apply. Being willing is not enough; we must do. 私は実行することの重要性を痛感してきた。 知っているだけでは不十分だ。 知識は応用しなければならない。 意欲があるだけでは不十分だ。 実際にやらなければならない。 All our knowledge has its origins in our perceptions. 我々の知識はすべて、自らの認識から生まれたものである。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより He who wishes to be rich in a day will be hanged in a year. 1日で金持ちになりたいと願う人は、1年後には絞首刑になる。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより Intellectual passion drives out sensuality. 知的な情熱は性欲を追っ払う。 - レオナルド・ダ・ヴィンチのノートより.

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レオナルド ダ ビンチ

春バラの開花時期にバラ園へ出かけた時ですが、このダ・ビンチさんだけが、葉が全く汚れずに花も綺麗に咲いていたのが、驚きというよりショックでした!! バラ園の方へ尋ねると、このバラは本当に手がかからないバラですね!という事で自分も植えています。 最初は明るい日陰しか場所がなかったもので植えていましたが、結局生育がすこぶる悪くて、日光が4時間は当たる場所へ変えました。 覿面、どんどん成長しだしています。 離せないバラになりました。 これが全てに通じるということではありませんが自分の場合です。 多花性で、可愛い色で形でもうるさくなくすっきりしています。 日陰に植えることですが、バラに限らず植物は日光が必要です。 日光に充分当てる事によってそのバラの本来の性質がわかるし、力を発揮できると思います~~病害虫が寄り付きにくくなる等。 日光量が少ないと、どんなバラでも樹勢が落ち、病害虫の温床になりますね。 また、切花にしても日持ちするバラですね、、それには驚いています。 バラ栽培が慣れないお方のバラとしてはお勧めしたいバラですね。

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