秋山豊寛。 秋山豊寛とは

日本人初!宇宙へ

秋山豊寛

1942年 6月東京都生まれ。 1966年 ICU国際基督教大学卒業。 1966年 TBS(東京放送)入社。 以後、ロンドン駐在、ワシントン支局長、外信部デスクなどを歴任。 主として国際ニュース、政治畑を歩む。 1990年 12月、日本人初の宇宙飛行士として、(旧)ソ連の宇宙ステーション宇宙船「ミール」に乗り込み、地球を144週、9日間の飛行をする。 日本アマガエルを使った実験のほか、宇宙ステーション内の取材、本人が被験者となったさまざまな試みがなされる。 飛行後TBS報道総局次長、ラジオ局次長、事業局次長を兼任。 1992年 世界で初めて熱気球によるベーリング海峡の横断に成功。 1995年 国際ニュースセンター長、報道局長を最後にTBSを退社。 以後、現在の住居、標高600メートルの阿武隈山地、福島県田村郡滝根町に移住。 現在 福島県で農業を営み、無農薬栽培や椎茸栽培を実践する傍ら、宇宙での体験、食料、環境問題に関する講演活動、執筆活動をする。

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宇宙情報センター / SPACE INFORMATION CENTER :秋山豊寛

秋山豊寛

2020年6月11日 7:00 さまざまな世代に影響を与えたコロナ騒動を、日本人初の宇宙飛行士で現在は自給自足生活を行う77歳のジャーナリスト・秋山豊寛氏はどう考えるか。 苦労を強いられることになった国民がこれから取るべき態度や死生観について語った。 その間、しいたけの栽培をするために移住した福島で原発事故に遭ったり、一時は京都で大学教員という勤め人暮らしをしたりしたのですが、基本的にはもうずっと前から、ステイホームの生活ですね。 ただし、お上から言われてステイホームするのと、自分から進んで家にいるのとはまったくの別物です。 安倍内閣は「人との接触を8割減らせ」と言う。 では、6月下旬に先進国首脳会議(G7サミット)が予定されていたのは一体なんなんだ。 いまでこそ延期されたが、トランプ大統領はワシントンで対面開催する意向だったというし、安倍首相も出席する心づもりだったと報道されていた。 あれが「三密」でなければなんなのか。 結局、政治家は本音と建前を使い分けて、自分に都合良く行動する生き物なのです。 そんなふうに、システムと秩序を優先するお上の言うことを「ははぁ」とひれ伏して聞くのは、江戸時代まででおしまいにすべきでしょう。 言うまでもなく、いまは民主主義の世の中です。 当然、主権者は内閣ではなく、私たちです。 お上の言うことにふたつ返事で従う必要はありません。 われわれは家畜ではないのですから。 例えばいま、「里帰り出産は控えるべき」といわれます。 ですが子供が生まれるときに、自分の親元で安心したいと考えるのは自然な感情です。 里帰りによって、親子の絆も深まるでしょう。 私が宇宙飛行士として、ソ連(現・ロシア)のソユーズに乗っていたときロシア人が言っていたのは、一番ストレスになるのは家族と会話ができなかったことなのだそうです。 すべての宇宙飛行士が家族と話したがっているかは別として、仕事上の人間だけでなく、自分が大切にしている人と自由にコミュニケーションがとれないのは、思った以上に大きな負担になるのです。 実際、週に1回、ロシアの上空を通過するタイミングで家族と話せる仕組みをつくったら、作業効率が劇的に上がった、なんて話もあります。 それだけ、「情」というものは大切なのです。

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日本人初の宇宙飛行士が農業を志したのは│生協の食材宅配 生活クラブ生協

秋山豊寛

1989年3月、Tの創立40周年事業で、宇宙にジャーナリストを送る「宇宙特派員計画」の宇宙特派員に選ばれました。 同年10月から、ソ連(現ロシア)のモスクワ郊外の訓練センターで訓練を受け、1990年12月2日、TM-11で宇宙に飛び立ちました。 ソ連のミールに滞在し、実験の様子や宇宙での生活をリポートし、生放送で地上へ伝えました。 世界で初めて宇宙に飛んだジャーナリストで、宇宙飛行した初の日本人です。 12月10日、先にミールとドッキングしていたTM-10で帰還しました。 飛行後T報道局次長となり、その後、国際ニュースセンター長を兼務しました。 1995年末にTを退職、現在は福島県で農業を営み、無農薬栽培やシイタケの栽培を実践しています。 そのかたわら、宇宙での体験、食糧、環境問題を語る講演活動、執筆活動を行っています。 同じ、宇宙船に乗ったはいるの? TM-11には、ソ連空軍所属の、ビクトル・アファナシエフ船長、ムサ・マナロフ機関士が同乗し、ともにのミールに乗り組みました。 マナロフはこの飛行で延べ541日31分の当時の宇宙滞在最長記録を達成しています。 は、先にTM-10で飛行しミールに滞在していたゲンナジー・マナコフ船長、ゲンナジー・ストレカロフ機関士とともに、TM-10で帰還しました。 宇宙でどのようなことをおこない、どんなことに成功しているの? は、日本人で初めてのになりました。 また、ジャーナリストとして世界で初めての宇宙飛行を経験し、ミールの内部を直接取材することができました。 ミールではニホンアマガエルの生態観察や、が被験者となり睡眠実験が行われました。 また、ミールに乗り組んでいたほかのクルー(乗組員)との交流や、多くのが悩まされている「宇宙酔い」をレポートするなど、内の様子をジャーナリストの視点から、テレビ、ラジオ中継することができました。 移り変わるの様子やミール内部を、が撮影したスチール写真やビデオ映像は、貴重な資料として活用されています。 どれくらいの時間、宇宙を飛んでいるの? TM-11で宇宙に向かい、ミールに滞在し、TM-10でに帰るまで、9日間(144周)の宇宙飛行でした。

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