平均 律 クラヴィーア 曲 集。 J.S.バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第一巻

平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV 846‐869/Das wohltemperierte Clavier, 1 teil, 24 Praludien und Fugen BWV 846‐869

平均 律 クラヴィーア 曲 集

調性の違いによる楽曲コンセプトの差が明確に出ているのが特徴です。 つまり、調性格というものをかなり意識しているということです> 上掲書のヘルマン・ケラーは、調性の性格に関しては、その歴史や地域性などの影響、あるいは作曲者自身の観念による選定などの要素もあり、またプレリュードとフーガが調とどのような関連を持っているかは、個別に細部の論評が必要という意味のことを語っている。 つまり、トッカータとフーガのように一つのまとまったものとされているものより、プレリュードとフーガを別々に離した場合、プレリュードはフーガを準備するためのもので、「平均律クラヴィーア曲集」では主題や動機の関連するものは少なく、それらを関連付けるのは調であったとしているのである。 現時点の私の知識でざっくりとまとめます。 そのあたりを書きます。 <1巻> 1720-22年に書かれていますが、よく知られるように前奏曲の半分くらいは1720年に集中的に初稿が書かれていて、調性の違いによる楽曲コンセプトの差が明確に出ているのが特徴です。 つまり、調性格というものをかなり意識しているということです。 また、短調の曲の最後を長和音で終わらせる曲(ピカルディ終止)が多いです。 あとは、練習曲集的な性格の曲、つまり同じ音型をくりかえすパッセージが使用された曲が多いのも特徴で、このあたりのコンセプトが後にショパンに影響を与えることになります。 <2巻> バッハは最初から1巻の続編を書こうとしたわけではないようで、いろいろ曲を書いて溜まってきたので2巻としてまとめようとしたらしいです。 そんな経緯から、24の調性に合わせるために、わざわざ移調した曲もあったりします。 つまり、作曲段階で調性格がさほど重視されていないのが特徴と言えます。 当然のことながら楽曲形式も多彩で、前古典派に近い曲もありますし、練習曲的な性格も希薄になります。 また、短調の曲におけるピカルディ終止が減って、短調のトニカで終わらせるケースが増えているのが特徴です。 この原因はいろいろ推測できますが、たとえば"Well-Tempered" 自体が変わったと考えることも可能です。 つまり第1巻の頃とは調律が変わっているのではないか?ということです。 以上まとめると、平均律クラヴィーア曲集の第1巻と第2巻は、24の調性を使った前奏曲+フーガという基本コンセプト以外は、かなり性格が異なる曲集ということができると思います。

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バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2集[CD]

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1722年。 バッハのクラヴィーア作品の代表作。 24の調性をハ長調から順に半音ずつ上がり、それぞれの調が「プレリュード」と「フーガ」の2曲になっている。 この形式はJ. フィッシャー 1665-1746 の『アリアドネ・ムジカ』というオルガン曲集がモデルである。 また、平均律による調律法もこの曲集によって確立された。 多彩な曲想で書かれた「プレリュード」とポリフォニーの最高な技法が用いられた「フーガ」など、様々な点から音楽史上最も重要な曲集の1つである。 プレリュードは低音部の動きに特徴があるオルガン曲のようである。 フーガは4声。 主題の半音階的な音型が特徴である。

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J.S.バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第一巻

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内容紹介 グレン・グールドが1955年から1982年にかけてソニー・クラシカルに残した一連の録音は、ちょうどモノラル後期からステレオを経てデジタル録音までをカバーする、まさにアメリカ・レコード産業における録音技術の革新の時期と並行して行われました。 特にステレオ録音は、矢印と360を組み合わせた「360サウンド」として知られた、左右に広がり感があるのが特徴的なステレオサウンドで収録されており、その鮮明な再生音がグールドの演奏の独特の魅力を一層高めることに貢献していました。 グールドの最も人気の高い名盤を、究極のサウンドで再現するべく、オリジナル・アナログ・マルチトラック・マスターからのリミックスおよびDSDマスタリングし、現在最高のスペックであるSA-CDハイブリッドとしてリリースする「グレン・グールド・オリジナル・サウンド・SA-CDハイブリッド・シリーズ」。 リマスタリングは、元ソニー・スタジオのエンジニアで、これまでグールドのリマスターを数多く手がけてきたアンドレアス・マイヤーに依頼、日本独自のSA-CDハイブリッド化が実現します。 SA-CDハイブリッド 2ch音匠仕様レーベルコート CD4枚組 メディア掲載レビューほか グレン・グールド生誕80年・没後30年 2012年時 記念盤。 グールドの名盤を究極のサウンドで再現するべく、オリジナル・アナログ・マルチトラック・マスターからのリミックスおよびDSDマスタリングし、現在 同 最高のスペックであるSA-CDハイブリッドで収録。 本作品は、バッハの平均律クラヴィーア曲集。 C RS 全然、平均的じゃないバッハ(笑) あちこちで、はっ とさせられる箇所があり、清新の気に満ちたピアノでしたね。 流れるようなバッハとは対極に位置する、めりはりを利かせた演奏。 でも、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の最初の一枚としてはどうなんだろう。 私だったら、まず、リヒテルの全曲盤をおすすめしたいな。 この作品の深みを味わうなら、リヒテルのピアノが一番だと思うし、実際に聴いてみて、とても感動したから。 続く二番手、三番手のチョイスとして、全く毛色の違う演奏を楽しんでみようかって方に、グールドのこの選集をおすすめしたいですね。 明晰で、斬新な解釈のバッハ。 もやもやしたところのない、すっきりとして清々しいバッハだなあって、そんな印象を持ちました。 第1巻、第2巻の各24曲の「前奏曲とフーガ」から、それぞれ、8曲をセレクトした抜粋盤。 第1巻は、1962〜1965年の録音。 第2巻は、1966〜1971年の録音。 どちらかっていうと、第2巻のほうが、聴いていて面白かったな。 肌に合う、合わないが、人によって大きく割れるのが、グレン・グールドのバッハ。 『ゴールドベルク変奏曲』の旧録音盤を筆頭に、私はこの人のバッハ、「躍動感にあふれていて面白いなあ」って、とても気に入っています。 【これは ASIN:B0090S48H4 と ASIN:B0085MK2GM へのレビューです】 私は、熱烈なグールドの信奉者。 彼の《平均律》は、何セット持っていてもいいので、「国内 SACD Hybrid 盤」()と 「輸入盤」()を買って、聴き比べてみた。 大音量で聴くと、どちらにも、かすかにホワイトノイズが聞こえる(第1巻)。 「国内 SACD Hybrid 盤」のほうが《若干人工的だが臨場感があって生き生き聞こえる。 近くで弾いているように聞こえる》ような気がする。 国内 SACD Hybrid 盤は、悪くないアイテムだと思います。 が、「平均律 by グールド 入門」には、「輸入盤」でも良いと思います(「輸入盤」の音質に問題なし。 「輸入盤」の音は「国内盤」とほとんど変わらない)。 【注意】 コレは私の思い過ごしかも知れません。 彼の歌声は、むしろ、彼が《平均律》を弾くとき、各曲への《気合いの入れ方》などが聞こえていいと思う(第1巻 変ロ短調のフーガなどは歌声が止まり、半ば、呻く?(うめく?)。 【参考】 グールドの平均律国内 SACD Hybrid 盤リーフレットより (グールドが残した録音には)セッション・マスター、エディット・マスター(セッション・マスターを編集したもの)、プロダクション・マスター(マルチ・マスターからステレオにリミックスされたLPプレス用のマスター)、そして予備マスターが存在する。 (中略)こうしたグールドの録音をリマスターするにあたっては、それぞれの録音が持つ歴史的な重要性を認識しながら、最もクオリティの高いサウンドを目指さなければならない。 そのために私は、基本的に最も鮮度が高い編集済みのエディット・マスター(多くの場合マルチ・トラックである)を使うようにしている。 (中略)グールドの録音につきものは、彼の歌声である。 コロンビアのエンジニアたちは、指向性の強いマイクを使うことことで歌声が混入する割合を少なくしようとしたが、それでも完全に消し去ることは出来なかったし、実際のところ「グールドの録音だからある程度はやむを得ない」とさじを投げていたふしもある。 私もグールドのリマスタリングに深くかかわればかかわるほど、歌声があることが自然に思えてきていたので、2007年に発売された ZENPH 社のテクノロジーによる「ゴールドベルク変奏曲」の、グールドの歌声のない「再演」を初めて聴いた時の違和感の大きさは今でも忘れることはできない。 今回のリマスタリングにあたっても、「インヴェンションとシンフォニア」のように、あるトラックに歌声がかなり大きな割合で入っている場合は、多少そのトラックのリミックス・バランスを弱めるということはやってはいるが、基本的に彼の歌声はそこにある。 (中略)今回のリマスターでは、おそらくLPも含めて過去のどの発売ソフトよりも、グールドのピアノの音色を明瞭に、ダイレクトに再現できたと自負している。 また特に SA-CD 層では、演奏を包み込むスタジオの空気感をも耳で感じていたただけるようになった(その結果、グールドの歌声や、椅子の軋みを始めとするさまざまなノイズといった、音楽以外の要素も鮮明に聞こえるようになった)。 存分にお楽しみいただければ幸いである。 アンドレアス・K・マイヤー(オリジナル・マスター・トランスファー、DSD マスタリング・エンジニア) 【追加】 それにしても、グールドはフーガが巧い。 平均律のフーガの約半分(第1巻、第1、4、5、12、14、16、17、18、20、22、23、24曲、第2巻、2、3、5、7、8、9、16、17、22、23)は4声以上であるが、グールドの演奏は、声がよく聞こえる。 変な言い方だが、グールドはまさにフーガしている。 【2018-8-4 追加】 グールド「平均律 第2巻」の一部の曲は、やはり、もっとゆっくり演奏した方が良かったんじゃなかろうか? Excellent remastering into high-res SACD audio of a seminal recording. Now one can hear quite clearly some rogue chair noises and the myriad defects in Gould's cherished piano. One can tell that certain pieces were recorded in one session, other pieces in another. Most of all one can hear Gould singing along, not just once in a while but constantly. Some may find these sounds distracting. Others will find them moving and powerful, remnants of a performance of genius that could be experienced heretofore only by the privileged few with access to the master tapes. There are no words to do justice to this great intepretation and great recording and great remastering job. While there are many good recordings, in my opinion, only Richter's comes close to the beauty that Gould has created with this great piece by Bach. The remastering makes it sound like Gould is there with you in your listening room with you, playing your piano. This is a MUST-BUY at almost! any price. I paid dearly but don't regret it in the slightest. This new sacd remastering has finally at long last allowed us to really hear Gould as he played in the studio and concert hall. If you love Bach, if you love Gould, you should order this. If you love both, order it right now before supplies run out and this version will disappear or go to extravagent levels.

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