もうどうしようもなくなって叫ぶんだ。 めぐり、また、この星で。

死にたくなる13個の瞬間と、思いとどまるための方法

もうどうしようもなくなって叫ぶんだ

マーシャルのアンプとかジャズ研より厳ついドラムセットとかレスポールギターとかもう見たくないって思った。 私だけ全部場違い。 そこにいる人たちと吸ってる空気が違うんじゃないかってほど、その空気の中では呼吸が苦しくて胸がつまった。 言葉が上手く出てこなかった。 引き受けるんじゃなかった。 心の底からそう思った。 大学の五号館からすぐ出てしまって、行く当てもなくなんとなく三号館の方に向かって、図書館の前の自販機の前で突っ立った。 別に買うもんも特にない。 ただ、なんとなくその光を見たときにようやく一息ついた気がした。 合同ライブで一緒にバンドを組もう、って胸キュン氏に言われたのは十一月に入ってすぐのことだった。 軽音楽部、アカペラ部、ジャズ研の合同ライブは二年ほど前に始まった企画で、二年前にうっかり顔を出したらもうその場の空気に全く馴染めなくてびっくりしてもう行かなくなったものだ。 ジャズ研の中でもチャラい部員っていうのは一定数いて、というかもうチャラいって言ってるのは私と宮坂ぐらいでみんなにとっては普通なんだけど、それが仲良くしてる軽音部やアカペラ部が同じ空間にいたらもう本当に無理、マジ無理、ってなってしまうから絶対に近寄らないようにしようと思ってたのに、それでも、私は参加すると言ってしまった。 ジャズ研でピアノやってるんだったらキーボードを頼みたい、って胸キュン氏は言ってきた。 別に他の人でもいいじゃん、って思いながらも、私は断ることが出来ない、というか、その場ではなんだかちょっと嬉しいとさえ思ってしまっていたのだ。 別に、胸キュン氏とどうこうなりたいってわけじゃない。 ただ、間近で胸キュン氏を見られることが嬉しかったのかもしれない。 同じステージに立つ胸キュン氏っていうのもちょっといいかも、と思ってしまったのかもしれない。 でも、そんなのは私の甘い考えでしかなかった。 バンド練の初日、顔合わせ程度でやろう、って軽音部の部室に集まって、ギターボーカルの胸キュン氏、胸キュン氏と同期の軽音部のギターの男の子の渡部君、軽音部の後輩でベースの浅原さん、そしてジャズ研の後輩で滅多に喋ったことないドラムの畑君、と集まって、全然居心地が良くなくてびっくりして、それで東京事変の曲なんかをなんとなくで合わせてもまだ空気に馴染めなくてびっくりしてたときに、胸キュン氏はこんなことを言ったのだ。 「このライブでさ、朝蔭さんに告白しようと思うんだよね」 は? えっ? っと私だけフリーズしてしまい、私を置いてみんなはヒューだの言ったり笑ったり馬鹿にしたり応援したりしてて、私だけずっとその瞬間から取り残されたようになっていた。 バンド錬が三回も続いて、それでもう十二月になってしまってもずっと私はそこから取り残されているような気分だ。 だからずっと馴染めなくて、居心地が悪くて、それはもう軽音部の部室にいないときでも一緒で、ずっとずっと首に手が添えられているような気分だ。 ぼんやりと自動販売機の蛍光灯を眺めて突っ立っていた。 そうすればどこかへ逃げられるような気がしても、なんにもならない。 どこかに逃げてしまいたい、とずっと思っている。 私だけ取り残されてしまうようなら、私はどこか遠く違う世界に行ってしまいたい。 「あっ、ノゾミさん!」 可愛い声だ。 そう、思った。 図書館から、すっと出てきたミズホちゃんは、ワインレッドのセーターの首元から白シャツの襟を覗かせて、そしてベージュのふっくらとしたパンツに身を包んで、いつものように可愛らしい。 「バンド錬ですか? ノゾミさんがキーボードなんて楽しみです。 何やるんですか?」 「東京事変だよ。 キーボとドラムがジャズ研だからって安直だよね」 「えっ、立石さんがボーカルですよね。 男声ボーカルで事変かぁ。 超楽しみだな」 胸キュン氏が一年生の頃軽音部にいて、見に行ったライブでギターボーカルをする胸キュン氏が可愛くて仕方なかったこととか、軽音部の男の子と仲がとても良いこととか、カラオケでもいっつも女声ボーカルの曲を歌っていることとか、そういうの全部私は知っていたし好きだった。 でも、それが全部台無しになってしまう。 それが、全部ぽろぽろと崩れ落ちていって、どうしようもなくなってしまう。 そんな気がして、たまらない。 ミズホちゃんは可愛い。 彼女は私のよく知ってる可愛い女の子だ。 そんな子が、胸キュン氏を変えてしまう。 胸キュン氏がそんな子を変えてしまう。 そうやって、私の目の前で、私を置いて変わっていくのが怖い。 でも、私はそれを見ざるをえないのだ。 私の世界の中で、私を置いて、私の好きなものが変わってしまう。 「そういえばこの前、もう一か月以上も前ですけど、寺田先輩がセッションに来ましたよ」 ぱん、とミズホちゃんは両手を合わせてそう言った。 どこまでも可愛い。 「サキ先輩?」 「そうです。 やっぱりいい先輩ですよね。 憧れです」 「私もサキ先輩がいたときは憧れたなあ。 なんか色々真似したんだよ。 でも絶対になれない。 あれは無理。 完成されすぎ」 「ははは、やっぱそうですよね。 私も無理だなあ。 そうなりたいんですけど」 「ミズホちゃんはミズホちゃんのままでいいよ」 そう言うとき、私の口調はどこか強くなっていて、恥ずかしい。 「変わらなくていいよ。 変えられそうになっても、変わっちゃだめだよ」 念ずるように、そう言う。 馬鹿だなって、自分でも思う。 「私は変わりたいですよ、どんどん良い風に。 大人に。 素敵な女性になりたいです」 やっぱり、私だけが、ダメな奴だ。 埃の被った室外機や壊れたドラムセット、なんのケースかもわかんないようなウッドベースのケースやら、きったない防火用バケツなんかは変わらない。 そんな変わんない場所で変わんない男がいる。 癪ではあるけど、こいつを見るとどうも落ち着く。 「おう、江石」 「おう、宮坂」4 宮坂はもう短くなって吸えないような煙草を口に咥えて、ふわあ、とベランダの外に向かって煙を吐いた。 「胸キュン氏とバンド、どう? ウケるんだけど」 「ウケるウケる。 わけわかんない、軽音部の部室なんて入るもんじゃないよ」 「ほんとだよ。 よくわかってんじゃん。 なんでそんなことすんだよお前」 「わかんない。 気の迷い。 血の巡りが悪かったのかも」 「いつも顔色悪いのは今に限ったことじゃないぞ、ぼくら」 へたり、と私はしゃがみこんで、そして宮坂を見上げた。 皺だらけの白衣の背を向けた宮坂は、防火用バケツに煙草を投げ捨てて、こっちを見ることなく欠伸をした。 「胸キュン氏、ミズホちゃんに告白するんだってさ」 私がそう言うと、宮坂は「知ってる」とぽつりと呟いた。 「この前、なんか胸キュン氏と飲んだときに宣言してきやがった」 「なにそれ、面白すぎるでしょ。 てか二人で飲んだの? なにそれ」 「向こうが誘って来たんだよ。 いや、アイツマジでヤバい。 頭イッてる」 「バンド錬のときとかそんなんじゃないんだけどね」 「そこがアイツの嫌なとこだよ。 チラシ貼ったり嫌がらせしてきたりしてきながらさ、表では普段通りの振る舞いしてやがるんだ。 器用な奴だよ、ほんとに。 泥酔して倒れたくせに」 「お酒弱いんだよ。 胸キュン氏」 「もうアイツの病状は深刻だ」 宮坂は変わらない。 いつものように暗くて、いつものように卑屈で、いつものように悪態をつく。 この背中も、ここから見える空の色もなんにも変わんない。 どうしても、居心地が良いと思ってしまう。 「ミズホちゃんと胸キュン氏、付き合っちゃうのかな」 私は、そう呟いていた。 宮坂が何と言うか聞きたかった。 「あんな奴とミズホちゃんを付き合わせるわけにはいかん、つーかフラれろ」 「でも、わかんないじゃん。 付き合ったらどうすんの」 「そうしたら、ミズホちゃんもそれまでの女の子だったってことだよ。 どう救えばいいかわらん」 「救う救うって、本当に救ってんの。 宮坂」 私は、こんなことを言いたいわけじゃない。 それでも、私の言葉を宮坂に否定してもらうために、私はこんなことを言う。 「みんな変わっちゃうよ。 でも、それでも良いんだよ、みんな」 零れ落ちる、なんかじゃなかった。 ぶわっ、と溜めていたものが、溢れ出る、そんな感覚だった。 「みんなさ、変わっちゃうことを苦にしてないんだよ。 私たちだけだよ、こんなことで悩んでるの。 ミズホちゃんもさ、変わりたいって言ってたよ。 胸キュン氏も変わっちゃうことを楽しんでるよ。 私はさ、変わりたくないし、変わって欲しくないって思ってるの。 私と胸キュン氏が付き合うことになるのも絶対嫌だと思ってるの。 私の好きな胸キュン氏が私のせいで変わっちゃうとか絶対やだし、私も変えられるのが怖いよ。 でもね、みんなそうじゃないんだよ。 自分も変わりたいし、好きな人も変えたいって思ってるんだよ。 ねえ、私がおかしいのかな。 私が変なのかな。 みんなが普通にやってること出来ないの。 みんなが当たり前に思うことが思えないの。 私だけ、こんなんなのかな。 ねえ、宮坂。 私だけ、病気みたいだよ。 私だけ、おかしいみたいだよ」 宮坂は、何も言わない。 ただ、また一つ、煙草を咥えて火を点ける。 「なんか言ってよ。 恋するやつはみんな病気なんでしょ。 私たちは病気じゃないんでしょ。 ねえ、そうなんでしょ。 みんながおかしいんでしょ。 私たちは変じゃないんでしょ。 そうなんでしょ。 ねえ、変わんない宮坂と私が、間違ってないんでしょ。 ミズホちゃんは変わらないでいてくれるよね。 胸キュン氏も変わらないでいてくれるよね。 それが、正しいんだよね。 それが正解なんだよね。 だったらそうなるよね。 そう、全部正しく動くよね」 宮坂はやっぱり何も言わない。 どうしようもなくて、私は、そのまま黙り込んだ。 むずむず、と鼻が痒い。 埃っぽい。 こんなベランダで、二人で、どうしようもなくて、ただ、じっとしていて、馬鹿みたいだ。 「馬鹿みたい」 私は、そう言って、はあ、とため息をついて、下を向いた。 砂埃で汚れたコンクリートの地面に、暗い影が落ちている。 「ねえ、宮坂。 私、病気なのかな」 私だって、恋をしたい。 恋愛を、してみたい。 でも、私が好きになる人は、私と恋愛をして欲しくない。 憧れている、本当は。 好きな人と散歩して、好きな人とご飯を食べて、好きな人とセックスして、好きな人と結婚して、好きな人と幸せになりたい。 みんなみたいに、そうしたい。 でも、私が好きになる人と、私はどうしてかそうなりたくないって思ってしまう。 好きな人が、具体的に私とそんなことをしていると思うと、嫌だ。 私なんかと関わることなく、好きな人は好きな人のままでいて欲しいって思ってしまう。 私なんかを好きじゃない人が好きだ。 だから、私は恋が出来ない。 みんなみたいに、恋が出来ない。 当たり前のことが、出来ない。 「江石」 宮坂はくるりとこちらに身体を向け、塀にもたれかかって下を向いた。 ひらり、と白衣が揺れた。 長くなった煙草の灰が、ぽとっ、とコンクリートの地面に落ちた。 「結局のところ、みんな病気なんだ」 ぽつり、と宮坂は呟いた。 「みんなみんな、病気なんだ。 ぼくたちも、奴らもみんなおかしい。 みんな、病んでいる」 そう言って、はあ、とため息をついた。 宮坂は、表情を変えることなく、ただただ、淡々と口を開く。 「ぼくも、きっと病気なんだ」.

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もうどうしようもなくなって叫ぶんだ

もうすぐ出産予定のもちちと申します。 29歳初産、普通分娩予定です。 お腹の赤ちゃんは3000gくらいになり、いよいよ…という感じです。 しかし、ここまで来て、もう怖くて怖くてどうしようもなくなってきました。 陣痛の痛みや出産の辛さを語ったトピを読みましたが、下半身を 鉄のバットで殴られるとか、腰とお腹が内側からちぎれそうとか、 会陰を麻酔なしで切られ、縫われるとか、 私はとても耐えられそうにありません…(涙) 産んでからのほうが大変だよ、ともよく言われますが、それよりも 「自分が、近々、未知の物凄い苦痛に襲われる」という事実におびえまくっています。 ヘタレですみません。 「陣痛実際こうだったよ!」「こうしたら少しマシだったよ!」など 前向きな情報を教えていただけたらありがたいです。 ユーザーID: 5677375024 乗り切れない事は無いので、頑張るしかありません!!! 私は陣痛から出産まで一人ぼっちでした(泣) 夜中だったし、初産だからまだまだ時間がかかると思いきや、あれよあれよと言う間に産まれたので誰も間に合わず…… でも周りからあまりにも激痛だと聞いてたおかげ?で、マックスだった痛みは私が想像していた痛みより「えっ?こんなものなの?」って感じでした(笑) そりゃ痛かったですけど周りがあまりに言うもんだから想像し過ぎてたみたいで「きっとまだまだ凄い痛いのがくるんだ〜」と陣痛の最中思ってました。 テニスボール持参。 私は、夜23時くらいからなんとなくお腹が痛みだして、 「これは陣痛だ」と確信するような痛みになったのは朝方4時頃、 とても耐えられないと思うような痛みになったのは8時頃、 無意識に声が出てしまうような痛みになったのは9時頃、 産まれたのは10時でした。 正直申し上げて、私の感想は「思ったほど大したことなかった」です。 よく言う「鼻からスイカ」とか「腰をバットで強打」とか、そういうのとは違うというか、 一番痛い時の痛みはそんな感じだったかもしれませんが、 いきなりそうなるのではなくて 普通の生理痛ぐらいの痛みがだんだん強くなっていくので、なんとかなります。 それと会陰切開も、本当に切られていることに気づきませんでした。 私も出産前は出産の痛みにすごく恐怖があったのですが、こんなビビりな私でも乗り越えられたので大丈夫。 陣痛対策としてはテニスボールを持参することをおすすめします。 痛みが来たら旦那にでもボールでお尻の穴付近を思いっきりグリグリしてもらうとちょっと痛みが和らぎます。 ボールの上にお尻の穴を置くような感じで胡坐で座るのもよしです。 ユーザーID: 3024412792• 息を吐くことに集中 こんにちは!八ヶ月の子どもを育てています。 最初の何時間かは生理痛のひどくなった感じ(元々生理痛がひどかったのでこんなものか、という感じ) でしたが、だんだん痛む感覚は短くなるわ、力を入れたい感覚に襲われるわ、わけがわらなくなっていきました。 笑 そして実は一番恐れていたのが会陰切開! 麻酔はしてもらいましたが、ほぼ感覚がなくなっていました。 麻酔の針はもうわからなかったです。 いざ出産!!っていう時は胎児心拍をモニタリングしながらになると思うんですけど、 自分がいきむたびに心拍がだんだん落ちていくのが、聞いているのでわかるんですよね。 (そのため、会陰切開に至りました。 私は今まで出したことのないすごい力で腕を握らせてもらいました。 ユーザーID: 0694511613• 大丈夫 赤ちゃんに会える日が楽しみですね。 陣痛の痛みはもちろんキツイものですが、こればっかりは体験してみないことには絶対にわからないので、今から心配してても仕方ないですよ。 なるようにしかならないのであまり考えすぎずリラックスして過ごした方が いいと思います。 あえて言えば、陣痛の痛みによってパニックを起こす事が怖いと思います。 目はなるべくつぶらず、しっかり周りを見て落ち着き、看護師さんや助産師 さん、先生の声をちゃんと聞いて、苦しくても言われた通りにする努力を すればきっとお産がスムーズに進み、痛い時間が少しでも短く済むのでは ないでしょうか。 お体をお大事に、元気なお子さんを生んでくださいね。 ユーザーID: 9770426986• あははは 38年前の私です その頃はまだ分娩室に付き添いが入るということはなかったです。 兎に角怖がりで実母に付き添って貰いました。 ドクターが入れました(私の様子を見て。 ドクターもこの医院始まって初めてだ!と言っていました)母は8人も産んでいます。 よくこんな痛いおもいして8人も産んだねと言いながら いててて〜〜と叫ぶ私。 母に叱られていました。 お産が終わり処置をして貰っていたら カーテンで区切った部屋から赤ちゃんの声!!!ええええ隣でお産してたんや、、、、超恥ずかしかったです(私は わめき叫んでいたから)痛いのは痛かったけど 案ずるより産むがやすしのごとくですよ〜〜 その後のお産の満足感は最高でした。 太平洋を一人で横断したような満足感! 二人目もそうでした。 それを楽しみで乗り切ってくださいね。 痛い思い何て我が人生の時間にしたら あっという間ですよ〜〜 ユーザーID: 2236777897• だいじょうぶ 更に言うなら、日本では自宅分娩だったとしても清潔さや室温が 赤ちゃんに適した状態にされていますが、そんな 先進国にとって 当たり前の環境すら 赤ちゃんに与えられない中で、もしもの際の備えもなく、予定日すら把握できない状況で たった一人で産み落とす女性だっているんです。 自分の幸運に感謝しましょうよ。 ついでに書きますと、分娩の苦しみのさなかにも呼吸は出来ますが、 母親が息を止めている間、赤ちゃんには酸素が供給されません。 すごく苦しいはずです。 そして生まれてくる時、骨を重ねて変形させて、どこにいくのかもわからない暗闇を長い間通ります。 しかも狭い。 動けない。 痛くてつらくて助けを求めたくても、手を握ってくれる人はいません。 お産で一番つらい、苦しい思いを「一人で」味わうのは、実は赤ちゃんなんだと私は思っています。 赤ちゃんの苦しみを思って、頑張って生んであげましょうよ。 お母さんが苦しい時、赤ちゃんはたった一人で暗い中、もっとつらい思いをしているんだから。 ユーザーID: 5623944811• トピ主さん、安定した妊娠生活だったのですね。 あと一息!がんばれ! 私は妊娠中から不調が続いたので、恐怖心もありましたが、それよりも早く産んで苦しい妊婦生活を終わらせたかったです。 でも、実際は、お産の最中に後悔したことも。 陣痛中にちょっとだけ余裕ができた時です。 そのときだけは出産を甘く見て妊娠してしまったと後悔しました。 でも、あとは、「どうでもいいから早く出してくれ〜」って感じでした。 結局、陣痛の挙句、帝王切開でした。 もう、恐怖とか、痛みとか、そんなんどうでも良くなります。 赤ちゃんを見たい、赤ちゃんを産みたい、産んでやる、そういう本能が出てきます。 ユーザーID: 5236963233• (3歳・0歳) 2人とも普通分娩で、上の子の時には切開もありました。 もうすぐお産なのですね。 私は2人ともお産がすごく楽しくて楽しくて・・・ できることなら、あと5回くらい陣痛・出産を経験したいくらい。 そりゃ痛いですよ。 >鉄のバットで殴られるとか、腰とお腹が内側からちぎれそうとか、 そうそう、そんな感じ(笑) 私は病院中に響き渡りそうな声で叫び続け(本当は叫んじゃいけない・・・)壁を叩いたり、枕を投げたり・・・ でもね、厳しいようですが、耐えるしかないんです。 哺乳類はみんなそうやって命をつないでいます。 大丈夫です。 女性は不思議なことに耐えられちゃうんです。 そして、大変な痛みの後には、これまでにない最高の感動が待っていますよ。 子供たちの産声を聞いた瞬間、「ふぇ、ふぇ〜〜」と泣く小さな小さな我が子を抱いた瞬間、痛みなんて忘れてしまいます。 お腹の赤ちゃんに会えるのももう少しですね。 私も上の子はこの時期の出産でした。 暑い時期の臨月、お疲れ様です。 素敵なお産になりますように。 ユーザーID: 5984157038• ドキドキですね もうすぐ予定日。 楽しみだけど不安ですよね。 私は4人普通分娩で出産しました。 2人目以降は流れを経験してるので割と落ち着いていましたが、1人目の時は、下手くそだったな〜(笑)暴れて叫びまくりました。 これだめね。 今1人目を出産する自分にアドバイスするなら、初産はとにかく長丁場なので、痛みがきたら体の力を抜いて細く長〜〜〜く息を吐く。 体に力が入ると痛みが増すだけだからとにかく深呼吸して吐きながらリラックス。 この繰り返しで陣痛を乗り切って。 冷静に、冷静に、冷静に。 いきんでいいですよってなったら、息を思いっきり吸って前にむかっていきむ〜〜〜!!この時痛みのピークだけど、陣痛と共にいきむ! 逃げたくなるかもしれないけど、赤ちゃんも必死で外に出てこようと頑張ってる。 子宮も収縮思いっきりして赤ちゃんを外に出してあげようと頑張ってる。 だから自分は、頑張っていきんで産むっきゃない!って、イメトレしてたがいいですよ。 経験した事ない痛みだから不安になると思うけれど、大丈夫。 女性の体はそれに耐えられるようになってるから。 新しい命もがんばってる。 だからママになるあなたも頑張れるよ。 ユーザーID: 5294706765• 時は来る 普通分娩で二人生みましたが、想像していたより痛くなかったので、特に何もしなくても乗り切れました。 私の場合、初産の様子は以下のようなものでした。 117時間に及んだ陣痛のうち本当に痛かったのは15時間経過あたりから。 痛いのは腹部や股間ではなく腰で、ひどい生理痛という感じ。 十分耐えられる痛み。 2助産師に、出産待機室から分娩室まで自分で歩いていくように指示された。 台に自力で登る余裕があった。 3麻酔を打ってから出口を切開したので痛みはなかった。 4出産を終えてからの感想は、「鼻の穴からスイカを出すような苦しみ」では無かった。 赤ちゃんの頭が通る大きさに穴が開いてから生むので、巨大な大便をしているような感じ。 想像していたより痛くなかった。 周囲のお母さんたちに聞いても、初産で平気だったので、第二子の出産は生まれる直前まで携帯ゲームで遊んでいたとか、自分で車を運転して病院まで来たとか、分娩台に上がってから10分で生まれたとか、軽めの意見が多いです。 ユーザーID: 6432162571• 超過すれば大丈夫 こんにちは、2ヶ月男児の母です。 私も9カ月の時には出産の痛みにびくびくしておりましたが、大丈夫。 10か月に入って、予定日を超過していくと出産の恐怖心よりも「早く出てきて〜」って気分になりますから。 私は前駆陣痛が一月近く続いたので、正直出産は思っていた程痛くありませんでした。 前駆で病院に行っては帰されるを数回繰り返しましたが、助産師に「人に気を使える間は生まれない」って言われておりました。 が、私、結局最後まで周りを見ている余裕がありました。 前駆陣痛も本陣痛も痛みは大差なく、生理痛の酷いの?って感じでしたね。 さすがに9cmとか開いてきてぐいぐい押してきている時に我慢するのはしんどかったですが、それも痛いのではなく、圧力に抵抗するのが辛かったです。 後、ご心配の会陰切開ですが、大丈夫です。 私は吸引になったので、ハサミでじゃきじゃき6cm程度カーブをつけて3回程切られましたが(切ってるの見ました)痛くないです。 感覚が麻痺してますから。 とはいえ、どんなにしんどくてもせいぜい36時間です。 それだけ我慢すれば可愛いわが子に会えますよ。 お腹に居る以上出すしかないので 笑 頑張って下さい。 ユーザーID: 2191042790• わかります。 私はもう出産してからだいぶ経ちますが 当時よくカレンダーを見ては 「この頃になったらもう産み終わって赤ちゃんがいて幸せなんだろうなぁ」とよく考えていました。 こんな自分に産めるのかなぁと楽しみより怖かったです。 だけど私の場合悲観的な性格なので『きっと死ぬほど苦しいんだ』と思っていたのが意外と思ったほどでなく初産なのにわずか四時間ほどで産まれてしまい思っていたほどじゃないなぁと感じました。 多くのひとがやってきたことですので主様にだってできないわけがありません。 大丈夫! ユーザーID: 3140674623• 痛いのは痛いです 11月に出産しました。 お産は人それぞれなので、ここでいろんな意見が出ても当てはまるかはわかりません。 微弱陣痛で、いきめなくて帝王切開になる場合もありますし、陣痛が来ないなーと思っていたらいきなり来てあっという間に生まれたり…。 ただ、陣痛は痛いです。 バットで殴られるというよりは生理痛のひどいのが「ドカーン」って来た感じ。 それが産む直前は一分おきに来ます。 会陰も切開しますし、怖かったですがその時は「早く産まれるなら切ってくれ」と思いました。 そして、全く痛くないというか、それどころじゃないです。 でも、生まれたら痛み忘れました。 不思議なもんで。 痛くないとは言いませんが、産んだら忘れるので大丈夫です! ユーザーID: 8741015805• 赤ちゃんは もっと痛いかもよ 1月に二人目出産しました。 私は一人目で痛みをわかってるので、余計恐怖で眠れない日もありました。 陣痛が来たら恐怖で気が狂うんじゃないかと思った程です 笑 ですが、実際陣痛が来たらとても冷静な自分がいました。 予定日より2週間早かったので準備に忙しかったのもありますが、あの時は母親ってやっぱり強いんだ!とまるで正義のヒーローみたいな気持ちで不思議とハイになってましたね。 私が2回の陣痛で助けられたのは赤ちゃんの顔 アクマで想像です とゴルフボールとタオルです。 陣痛の波が来る度に赤ちゃんの顔を思い浮かべゴルフボールをゴリゴリ、タオルを握りしめたり、顔に押しつけたり… 普段ちょっと指を切っただけでビビる私が乗り越えられたのであなたも大丈夫です!頑張ってください。 ユーザーID: 4273024543• 陣痛やお産が怖くて仕方ないのは当然ですよ。 みんな同じです。 でも、実際体験してみるとどうにかなってしまうのです。 太古の昔から母になった人は全員体験している事なのですから。 確かに、痛いっちゃ痛いです。 でもずっと痛みが続く訳ではなく、痛みの波があって、痛みが有る時と無い時が交互にきます。 そのうち、息んで!と言われますので、その時は力一杯息んで下さい。 必ず終わりがあるので、大丈夫です。 痛いけれど、乗り越えられる痛みですよ。 自然の流れに身を任せ、頑張って下さいね。 ユーザーID: 8570908876• がんばって その時が来たら、産むしかないので。 案外、恐怖してた割には必死で痛みも思ってた程じゃなかった? …なんて事になるかも。 痛みも、千差万別。 人によって感じ方も違います。 そんな不確定な事にせっかくの自由な時間を 悩んで使うなんてもったいないです。 赤ちゃんが生まれたら、しばらくは自由に出掛けたり 好きなだけ眠ったり出来なくなるんですから。 もっと楽しい事を考えましょう。 妊婦だからって、体を動かさないでいると筋肉がおちて 余計に出産が大変になるので、出来るだけ散歩とか、体操 などして身体を動かして、余計な事ばかり考えないようにする といいですよ。 出産、赤ちゃんに対面するのが楽しみですね! ユーザーID: 9117136384• 無痛分娩にしたら? 昨年、出産した新米ママです。 私も痛みに弱いヘタレ体質で、陣痛や出産の痛みに耐える自信がなかったので、当初から無痛分娩と決めていました。 私が出産した病院は無痛分娩が出来る所でしたが休日の出産の時は、麻酔医がいないので出来ませんと説明は受けていましたが、ま、大丈夫でしょと油断してたら陣痛きたのが祝日!しかも2連休初日の早朝……。 いやキツかった… 泣。 陣痛にもがき苦しみぬいても産まれず、ようやく3日目に産まれましたよ。 3日目は平日で3日目の朝に待望の麻酔をしてもらえて苦しい痛みから解放されました。 そのまま分娩台に上がりもう痛みがないので助産師さんに言われたタイミングで力んで産みました。 もう分娩する時は痛みもなく陣痛に耐えてきた疲れで眠たかったほど……。 主人や助産師さんと世間話しながら産んだくらいです。 痛みが怖い人は無痛分娩または和痛分娩をお勧めします。 本当に楽ですよ。 その分、費用はかかりますが…。 10万くらい高くなる ユーザーID: 9874300209• 私も怖かったです。 かと言って、無痛分娩は費用がかかるので、そこまで出産費用はかけられなく…自然分娩でした。 2ヶ月くらい切迫早産で入院していて、お腹の子供も育ってきたと言うことで、点滴を外したところ、しばらくして何か痛み?が来て、体が岩のように固まったような感じ?で、動こうものなら全身に痛みが走るので動けなくなり…破水してしまいました! それからすぐに分娩室に運ばれて、逃げられない痛みに耐えながら早く生まれて!と思いながら言われるままに呼吸法を繰り返し、生まれました。 切られてる感覚なんてわかりませんよ! 生むことに集中しちゃうし、生む痛みのほうが強いので、本当にわかりませんでした… 子供を生んだ瞬間、子供がお腹から出ると痛みは、なくなりました! 生んだあとに、縫いましたが、麻酔を打たれたので、全く痛くなかったです。 縫ったところが、一週間くらいは、オシッコすると、しみて痛みましたが、日にちが経って傷口が塞がると、全く平気になりました。 過ぎると忘れる痛みです…。 鼻からスイカって言う表現をしますが、鼻は痛くないです。 思ってるうちは、恐怖で耐えられるか心配でも、何とかなりますよ〜 ユーザーID: 4611279801• わたしもヘタレ! でも、普通分娩で産みました! もうすぐ1歳になります。 怖いですよね〜、どんな痛みか想像もできないし。 痛みの例えはいろんなのがありますが、わたしはどれもピンときません。 味わってみないとわからないですよ。 わたしがどんだけヘタレかって、血液検査なんかは痛い!痛い!の連呼ですよ。 かなり恥ずかしい大人です。 陣痛はたしかに尋常じゃない痛みですが、騒ぐこともなく、じっと耐えました。 痛みは産んだ瞬間に本当になくなりますよ! いや、いきみはじめたらそんなのどっかいっちゃうな。 なにより恐怖だった会陰切開ですが、実際は切らずに裂けちゃいました。 でも、わけわかんないから大丈夫です(笑)ほんと! 縫うときの麻酔がチックンと、こっちのほうがよっぽど痛くて、分娩室で痛い!痛い!とわめきました。 どれだけヘタレかわかるでしょ。 ユーザーID: 1812845838• 陣痛がましになる方法 あります!!! 1.好きなアロマとタオルハンカチ リラックスできるいい香りのハンカチを手に持って、痛くなったら香りを吸い込みます。 痛くなると体に力が入ってしまい余計痛くなるのですが、深呼吸することによって体がゆるんで痛みが軽減されます。 過呼吸対策にもなります! ぜひ大好きな香りをご用意ください。 私はヴァーベナの香りで乗り切りました。 2.やわらかい靴下 雑貨屋さんとかにある分厚くてやわらかい靴下をはきます。 体が冷えるとよくないので温める、という意味もありますが、 わたしはその足でベッドの足元の板?柵?を蹴り蹴りすることでいきみを逃して痛みを和らげることができました。 靴下のおかげでつるつる滑るんですよね。 なので力を入れなくて済むということです。 応援しています。 ユーザーID: 2244327190• 私もこわい 出産は大騒ぎで大変でした。 先生にも助産師さんにも怒られながら出産しました。 何が痛いとか具体的な痛みよりも、いつまでも続くの?この痛み…。 どこまで痛くなるの?今はどれくらい進んでるの?という恐怖心でパニックになりました。 微弱陣痛から27時間かかりました。 痛み的には鼻からスイカの方が絶対痛いと思いますよ。 私が言えるのはパニックにならないこと、助産師、医師を信頼し、言うことをひたすら聞くこと、これさえしていれば産まれますよ! 頑張ってくださいね。 私、陣痛中は助産師さんが常にフォローしてくれるのかと思っていたのに、3〜4時間ごとにちらりと見に来るだけで…こんなほったらかしとは! 主人は立ち会うはずではなかったけれど…恐怖心と不安でパニックになった私を最後まで励ましてくれました。 主人がいなかったら、出産できませんでした。。 ユーザーID: 8493691587• 同じでした.

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陣痛、出産が怖い!!どう乗り切りましたか?

もうどうしようもなくなって叫ぶんだ

今、オヘア空港で羽田に向かう飛行機の出発を待っている。 午後 3 時の時点での気温はマイナス 7 度、明朝の予想気温はマイナス 18 度、月曜日の朝はマイナス 26 度となっている。 今冬一番の厳しい寒さは回避できそうだ。 しかし、最高気温がマイナス 10 度を下回ると気が重くなる。 今朝は、マイナス 12 度の中、歩いて出勤したが、鼻の穴が痛くなり、胸に圧迫感を感じた。 かなり危険だ。 無謀なチャレンジはやめた方が良い。 以前に触れた「 21 世紀ケア法案」が、上下院とも 90 %以上の賛成という圧倒的な多数で可決された。 おそらく、これで、バイデン副大統領が推進している「 Moonshot 」計画が頓挫ということにはならないだろう。 しかし、医薬品開発競争で、競争力を身につける可能性がほとんど望み薄となった日本はどうすればいいのか?このブログを通して、たくさん注文をつけてきたが、正直なところ、何と言ってわからない、絶望的な状況だ。 ウルトラマンなら、胸のシグナルが赤の点滅状態だ。 これをするという明確な戦略がないままに、単なる研究費配分機構と化したAMEDに多くを期待できない。 民間主導でといっても、医学・医療分野に命を懸ける大企業があるとも思えない。 このような状況で、日本企業が米国に 5 兆円を越える投資をするというニュースが流れたが、正直、唖然・愕然だ。 ニュースを聞いた時には、頭の中で、疑問符が飛び跳ね、頭がくらくらしてきた。 隣国はどうか?昨年、中国で立ち上がった iCarbonX という会社はすでに百億円単位で資金を集め、医療と人工知能を結びつけた分野を開拓しようとしている。 社長の Jun Wang 氏は弱冠 40 歳で、この会社を動かそうとしている仲間は、 20-30 歳代の若者だ。 この会社の核となる数人と話をしたことがあるが、日本の若者に欠けている「自分が社会を動かす、新しい世界を生み出すという大志」を持っている。 プレシジョン医療、特に、がんに特化したそれを国レベルで動かすには、数百億円という投資としっかりとした戦略が必要だ。 これがうまくいけば、かなりの経済活性化につながるだけでなく、医療費の増加抑制にもつながるのだ。 と言っても、これを理解できる人がほとんどいない。 効かない薬剤を使って、数百億円から数千億円単位の無駄を垂れ流している現状を考えれば、少し目が利けば、この方向に大きく舵を切っていいはずだが、その目利きがいないのだ。 今から 20 年以上前にゲノム情報を利用した「オーダーメイド医療」を提唱したが、まるで、詐欺師を見るような目で私を見た人たちがたくさんいた。 確かに、ゲノム情報を簡単に調べることのできるような環境ではなかったが、「ゲノム」を理解していれば、今日の状況が生ずることを予測するのは難しくなかったはずだ。 現実には、私の予測を大きく上回る状況で技術の進歩が進み、米国では、この分野に関連する企業が大きく育ち、 1 兆円を超える価値を有する企業もある。 目先の綻びにばかり目が向いいていて、国策としての医療政策がないのだ。 この 20 年間、日本のこの分野への投資は、常に「 too late, too little 」であった。 まさに、水泡と化した。 内閣がコロコロと変わる状況では絶対にきれいな花を咲かせ、果実がたわわに実るまでは育てきれない。 その観点では、今しかないと思うが、医学・医療にはなかなか関心が向かないように見える。 あるのかもしれないが、シカゴに来て 5 年、日本の仲間たちからは暗い話しか届かない。 私も、冬の寒い暗い気候のためか、これでいいのか日本の医療は?と叫ぶ元気がなくなってきた。 もうお終いか、日本の医療は?という気持ちだ。 いったい、元気のある若者は、どこに消えてしまったのだろうか!そんな若者に出会いたいものだ。 そして、私も、東京の晴れやかな気候で、鬱から脱出だ! ynakamurachicago.

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