終末のワルキューレ登場人物。 【終末のワルキューレ】ネタバレ🤔|wikiより徹底解説!登場人物の最強の戦いを紹介

物語に欠かせない終末のワルキューレのキャラクターをまとめて紹介│アニドラ何でもブログ

終末のワルキューレ登場人物

神の代表も人間の代表も、歴史や神話から引っ張ってきているので、歴史や神話に精通している人はより楽しめるマンガと言えます。 もちろん、知識がなくても大丈夫。 バトル自体が壮大で面白いので、知識がなくても楽しく読めますよ。 なお、歴史上の人物に関する過去の話は ちょいちょい フィクションが混じっていますので、注意しましょう。 終末のワルキューレの初めの登場人物まとめ 「終末のワルキューレをこれから読もう!」という方に向けて、最初の登場人物を簡単にまとめました。 ブリュンヒルデ 人類存亡会議で待ったをかけたワルキューレ。 一見クールな出で立ちだが、興奮するとサディスティックになるところが面白いです。 ゲル 見習いのワルキューレ。 いつもブリュンヒルデの側におり、ブリュンヒルデの行き過ぎた発言にツッコみを入れるポジションです。 序盤に押さえておくキャラはこれくらいでOK。 理由は 「主要キャラが毎回入れ替わるのが当作の特徴」だからです。 終末のワルキューレ:神と人間の代表は誰? 神と偉人がタイマンで殺し合うという、男なら誰でも一度は考えるバカバカしい設定を超本気でやりきっているのが最高。 「自分の中の小5がテンション上がりすぎて気絶する」というキャッチも納得の熱さです。 作画のアジチカさんは初めて知ったのですが、これがまた上手い。 読みやすくも力強いタッチで丁寧に描かれています。 熱いバトル漫画が好きな人はまずハマります。 好みが分かれそうな作品(自分は好き) 本屋でサンプルがあったんで、ちょっとだけ読んで買ってみたが、内容が全体的に薄っぺらい。 歴史や神話の偉人やらが出してる割には、掘り下げは雑。 天界と人間の組み分けも謎過ぎる。 どうやったら、その人物がそっち側なんだよwと、ツッコまざるを得なかった。 その段階で読む気が失せた。 作者は、神話とか歴史上の人物をモチーフにするなら、もうちょっと勉強してからにした方が良かったかな。 所々に、進撃の何かのパクリみたいなのや、話全体がドリフターズの真似事みたいだし。 内容が薄っぺらいのは認めます!(笑) 終末のワルキューレには、ストーリー性など全くありません。 ガチンコのバトルが見たい人だけ買えばOKっていう感じですね。 終末のワルキューレ:まとめ 終末のワルキューレは設定やストーリーが雑なので、賛否両論が分かれる漫画と言えますね。 でも個人的には、こういう細かい設定とか無視したガチンコのバトルもなかなか面白いと思いました。

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【終末のワルキューレ】神で一番強いのは誰?13人の神を考察

終末のワルキューレ登場人物

岩の上のブリュンヒルデ:ショット社ヴォーカルスコアの表紙絵(1899年) 『ニーベルングの指環』四部作は、ひとつのプロローグと3日を要する舞台上演と見なすことができ、その「第1日」に当たる本作『ヴァルキューレ』は、「序夜」(『』)を除く「三部作」の実質的な幕開けに位置づけられる作品である。 四部作はそれぞれ独立した性格を持ち、単独上演が可能である。 そのなかで『ヴァルキューレ』は、もっとも人気が高く、上演機会も多い。 感動的な愛情表現の場面や、の使い方が自然かつ巧緻であるなど作曲技法の円熟を理由に、『指環』四部作にとどまらず、ワーグナーの全作品中でももっとも優れたもののひとつとも見なされている。 とくに、第1幕でのジークムントによる「春と愛の歌」(「冬の嵐は過ぎ去り」)、「ヴァルキューレの騎行」として知られる第3幕の序奏、終盤で「ヴォータンの告別」からつづいて「魔の炎の音楽」で幕切れとなる部分はしばしば独立して演奏される。 全3幕からなり、上演時間は約3時間40分(第1幕60分、第2幕90分、第3幕70分)。 物語は、『エッダ』、『ヴォルスンガ・サガ』など北欧神話の物語を軸にしつつドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』を始めとするドイツ英雄伝説や、ワーグナー独自の重層的・多義的な世界が構築されている。 直接引用されてはいないがの影響も多分に見られる。 なお、ヴァルキューレとは、作品中に登場する、神々の長ヴォータンとエルダの9人の娘たちであるが、題名は付きの単数形であることから、ひとりを指している。 『ヴァルキューレ』の台本は1852年6月、音楽は1856年にそれぞれ完成された。 1870年6月26日、宮廷歌劇場にて初演。 『ニーベルングの指環』四部作全曲の初演は、1876年8月13日から17日まで開催された第1回においてである。 バイロイト音楽祭では四部作が連続上演される。 内訳は以下のとおり。 序夜 『』 Das Rheingold• 第2日 『』 Siegfried• が出版した『ドイツ神話』からワーグナーが『ニーベルンゲンの歌』などを知ったのは1843年であった。 1848年11月には、後の『神々の黄昏』に当たる『ジークフリートの死』の台本草案を書き、1851年にその前編に当たる『若きジークフリート』(後の『ジークフリート』)を構想、この構想はさらに物語の発端まで拡大されていく。 その詳細については『』及び『』も参照のこと。 1851年10月から『ラインの黄金』の散文スケッチが開始され、1月後の11月から『ヴァルキューレ』のスケッチにも着手。 スケッチは『ヴァルキューレ』の方が早く、翌1852年5月17日から28日に書かれた。 この散文スケッチの時点では、現在の形と相違がある。 例えば、第2幕の終わりでフンディングは、ヴォータンの「行け!」のひとことで倒されるが、スケッチでは死なずにフリッカに報告に行くようになっていた。 これらは、6月からの1ヶ月間に台詞が書かれる中で修正された。 同年11月、『ヴァルキューレ』に遅れること約半年で『ラインの黄金』が完成。 同じ年の12月には四部作の台本がすべて完成した。 作曲 [ ]• 1853年9月5日、の滞在中にワーグナーが体験したという「霊感」(詳細については『を参照』)の後、同年11月から『ラインの黄金』の作曲に着手。 『ヴァルキューレ』については、1854年6月28日に第1幕のスケッチを開始し、9月に第2幕、11月に第3幕に着手。 12月27日にスケッチを完了した。 オーケストレーションは『ラインの黄金』が1854年に完成するが、『ヴァルキューレ』についてはその2年後の1856年3月23日に完成した。 この間、ワーグナーは楽旅などで時間をとられていた。 同じく1856年10月13日、フランツ・リストがを訪問。 10月22日、リスト45歳の誕生日 にワーグナーは『ヴァルキューレ』第1幕の試聴会を開く。 ここではリストがピアノ伴奏し、ワーグナーがジークムントとフンディング、エミリエ・ハイムがジークリンデを歌った。 ワーグナーの歌唱は音程も確かで、参加者を感動させたという。 その後、『ジークフリート』が1858年から1864年にかけての中断をはさんで1871年に、『神々の黄昏』は1874年にそれぞれ完成した。 初演 [ ] 単独初演 、宮廷歌劇場にて。 指揮は。 主な配役は次のとおり。 ハインリヒ・フォーグル(ジークムント)• テレーゼ・フォーグル(ジークリンデ)• アウグスト・キンダーマン(ヴォータン)• ゾフィー・シュテーレ(ブリュンヒルデ) 全曲初演 『ニーベルングの指環』四部作としての初演は1876年8月14日、にて開催された第1回である。 指揮は。 主な配役は次のとおり。 アルベルト・ニーマン(ジークムント)• ヨゼフィーネ・シェフツキ(ジークリンデ)• フランツ・ベッツ(ヴォータン)• アマリエ・マテルナ(ブリュンヒルデ) 編成 [ ] 登場人物 [ ] 『』同様、従来のオペラ作品に必ず用いられたが本作では採用されない。 ジークムント() ヴォータンが人間に生ませたヴェルズング族の若者。 ジークリンデ() ジークムントの双子の妹。 フンディングの妻。 フンディング() ジークリンデの夫。 ヴェルズング族の宿敵。 ヴォータン() 神々の長。 神々の没落を予感し始めている。 のに当たる。 フリッカ() ヴォータンの妃、結婚の女神。 北欧神話のに当たる。 ブリュンヒルデ(ソプラノ) ヴァルキューレの筆頭格。 ヴォータンとエルダの娘。 ゲルヒルデ(ソプラノ) ヴァルキューレ• ヘルムヴィーゲ(ソプラノ) ヴァルキューレ• オルトリンデ(ソプラノ) ヴァルキューレ• ヴァルトラウテ(メゾソプラノ) ヴァルキューレ• ジークルーネ(メゾソプラノ) ヴァルキューレ• ロスヴァイセ(メゾソプラノ) ヴァルキューレ• シュヴェルトライテ() ヴァルキューレ• グリムゲルデ(アルト) ヴァルキューレ 楽器編成 [ ] 『』とほぼ同じ4管編成。 主な違いは舞台上の楽器の有無である。 弦楽は人数が指定されている。 、 3(第3はピッコロ持ち替え)、 3、(持ち替え)、 3、バス・クラリネット、 3(低いAの音が出ないときは更にを使用する)• 8(第5・第6は持ち替え、第7・第8は持ち替え)、 3、バス・トランペット、 3、、、シュティーアホルン(舞台上)• 2対、、 1対、、、 6• (第1 16、第2ヴァイオリン 16、 12、 12、 8) 構成 [ ] 全3幕、11場からなる。 第1幕 「館の内部」 [ ] 序奏 低弦の激しいリズムが嵐と同時にジークムントの逃走を表す。 トランペットが稲妻のようにきらめき、ティンパニの雷鳴が轟くと、幕が上がる。 第1場 舞台はフンディングの館。 戦いに傷つき嵐の中を逃れてきたジークムントは館にたどり着く。 フンディングの妻ジークリンデはジークムントに水を与え、二人は強く引かれ合う。 第2場 そこへ主人のフンディングが帰ってくる。 彼は男の顔が妻と瓜二つであることに気付く。 ジークムントの名乗りを聞いたフンディングは、ジークムントが敵であること、今晩のみは客人として扱うが、翌朝には決闘することを申し渡す。 第3場 ジークリンデはフンディングに眠り薬を飲ませ、ジークムントを逃がそうとする。 ジークムントによる「冬の嵐は過ぎ去り」(ジークムントの「春と愛の歌」)に応えて、ジークリンデも「あなたこそ春です」と歌い、二重唱となる。 生い立ちを語り合ううちに、二人は兄妹であることを知る。 トネリコの木に刺され、かつてだれも引き抜いたことのない剣(ヴォータンがジークムントのために用意したもの)をジークムントは引き抜き、これを「ノートゥング」(苦難・危急の意)と名付ける。 二人の逃亡によって幕。 第2幕 「荒涼とした岩山」 [ ] 序奏 ジークムントとジークリンデの逃避行を表す。 ヴァルキューレの騎行の動機が現れ、幕が開くとヴォータンとブリュンヒルデが立っている。 第1場 ヴォータンはブリュンヒルデに、ジークムントとフンディングの戦いでジークムントを勝たせるよう命じる。 しかし、ブリュンヒルデが去ったところへフリッカが登場、フリッカは、ジークリンデの不倫、兄妹のをなじる。 ヴォータンは非難をかわそうとするが、「遠大な計画」(後述)の自己矛盾に気づかされ、心ならずもジークムントを倒すことを誓約する。 第2場 戻ってきたブリュンヒルデに、ヴォータンはジークムントに死をもたらすよう命じる。 ヴォータンの長い叙事的語りによって、前作『ラインの黄金』以降のヴォータンの行動と「遠大な計画」が示される。 しかし、ヴォータンの計画は挫折し、その最後は神々の終末の予感で頂点に達する。 当惑するブリュンヒルデ。 第3場 ジークムントとジークリンデが登場。 ジークリンデは幻覚にとらわれ、ジークムントが戦いで倒れる様を見て気を失う。 第4場 気を失ったジークリンデを介抱するジークムントの前に、ブリュンヒルデが姿を現す。 ブリュンヒルデは、ジークムントがフンディングとの戦いで死ぬこと、死せる勇者はに迎え入れられると告げる(ブリュンヒルデの「死の告知」)。 しかし、ジークムントは、ジークリンデと離ればなれになることを拒否し、いっそのこと二人で死のうとノートゥングを振り上げる。 これを見て心を打たれたブリュンヒルデは、ヴォータンの命に背いてジークムントを救うことを決心し、彼を止める。 ジークムントを倒すフンディング(手前はジークリンデ) 第5場 ブリュンヒルデが去ると、フンディングの角笛が響いてくる。 フンディングを迎え撃つために、ジークムントはジークリンデを置いて立ち去る。 ジークリンデは意識を取り戻すが、まだ幻覚から完全に覚めていない。 雷鳴が轟き、ジークムントとフンディングの戦いが始まる。 ブリュンヒルデがジークムントに加勢しようとするが、そのときヴォータンが現れ、自らが与えた剣ノートゥングを槍で砕く。 武器を失ったジークムントは、フンディングの槍に刺されて絶命する。 叫び声をあげるジークリンデを、ブリュンヒルデは愛馬グラーネに乗せて連れ去る。 「行け!」の一言でフンディングを倒したヴォータンは、命に背いたブリュンヒルデへの怒りに駆られ、恐ろしい勢いで退場する。 第3幕 「岩山の頂き」 [ ] 1921年アメリカ交響楽団演奏 この音声や映像がうまく視聴できない場合は、をご覧ください。 序奏 「ヴァルキューレの騎行 Der Ritt der Walkueren」の音楽。 すぐに幕が開き、音楽に乗って8人のヴァルキューレたちが声を上げながら岩山に集まってくる。 第1場 ブリュンヒルデが一人遅れてグラーネを駆ってやってくる。 ブリュンヒルデがヴォータンに背き、ジークリンデを連れ出したことを聞いた他のヴァルキューレたちは恐慌状態となる。 ジークリンデは絶望して死を望むが、ブリュンヒルデはジークリンデの体に子供が宿っていることを告げ、生きるよう説得する。 「ジークフリートの動機」が初めて現れ、ブリュンヒルデは来るべき英雄をジークフリートと名付ける。 ジークリンデは感謝の言葉を、これも初出の「愛の救済の動機」に乗せて歌い、砕かれたノートゥングの破片を持って森へと逃れる。 そうしているうちにもヴォータンが近づいてくる気配が高まる。 第2場 ヴォータンが怒り狂って登場、ブリュンヒルデをヴァルキューレから除名し、父娘の縁を切ると告げる。 他のヴァルキューレたちはとりなそうとするが、ヴォータンは聞く耳を持たず、彼女たちをみな追い払ってしまう。 ヴォータンとブリュンヒルデの二人だけが残り、重苦しい沈黙となる。 第3場 ブリュンヒルデは、自分の行為はヴォータンの真意を汲んだものだと釈明する。 娘の父への愛情に次第に心を動かされるヴォータンだが、しかし処罰は変えられないと言い放つ。 ブリュンヒルデは、ひとつだけ願いをかなえてほしい、自分の周りに火を放ち、臆病者を近づけないようにしてほしい、と嘆願する。 ブリュンヒルデの必死の訴えに、ヴォータンはついに「さらば、勇敢で気高いわが子よ」と歌う。 これより「ヴォータンの告別」の音楽。 ヴォータンはブリュンヒルデに「神である自分よりも自由な男だけが求婚する」ことを了承し、抱擁する。 ブリュンヒルデの輝く目を見つめ、閉じさせるとまぶたに口づけして神性を奪う。 力を失ったブリュンヒルデを岩山に横たえ、体を盾で覆う。 槍を振りかざし、岩を3度突いてローゲを呼び出すところから「魔の炎の音楽」となる。 岩から火柱が上がり、炎がブリュンヒルデを取り囲む。 「まどろみの動機」が繰り返されるなか、ヴォータンは「この槍の穂先を恐れるものは、決してこの炎を踏み越えるな!」と叫ぶ。 「ジークフリートの動機」が反復され、舞台一面の炎に包まれて横たわるブリュンヒルデから、ヴォータンは名残惜しげに去っていく。 物語 [ ] ヴォータンの「遠大な構想」 [ ] 『』から『ヴァルキューレ』に至る間には、次のような経緯があり、第2幕第2場でヴォータンの長い語りによって明らかにされる。 世界を支配する力を持つ「ニーベルングの指環」がアルベリヒのもとに戻ることを恐れたヴォータンは、神々の意志から自由な人間にファーフナーから指環を奪わせるという構想を思いつく。 この構想は、『ラインの黄金』の終わり、神々のへの入場において「剣の動機」が現れることで象徴される。 ヴォータンはまず、地下に降りてエルダのもとを訪ねる。 ヴォータンとエルダの契りからブリュンヒルデが誕生する。 ヴォータンは、ブリュンヒルデを含めた9人のヴァルキューレを育て、戦いに倒れた人間の勇士をヴァルハルに集めさせ、指環がアルベリヒに戻った場合に予想される闇の軍勢の襲来に備えた。 他方、地上では人間の女との間に双生児の兄妹をもうけた。 ヴォータンは兄妹に対してはヴェルゼと名乗ったことから、兄妹はヴェルズングと呼ばれる(ヴェルゼは身内への名乗りで、世間に対してはヴォータンはヴォルフェ と名乗っており、第1幕でジークムントがフンディングに名乗る場面では一族をヴォルフィングと呼んでいる)。 ヴォータンの構想では、兄のジークムントこそは、神々の束縛・掟から自由な英雄となるべき存在であった。 ヴォータンは、英雄の条件としての剣(ノートゥング)をジークムントに授ける手はずも整えていた。 転回点としての第2幕の重要性 [ ] しかし、第2幕でフリッカの登場によって「遠大な計画」は否定される。 ヴォータンが必要としていたのは「自由な意志を持ち、自発的に行動する英雄」であったが、フリッカはその英雄に意志を吹き込み、けしかけているのはヴォータン自身だと見抜く。 ここに決定的な自己矛盾があったことを知ったヴォータンは、フリッカの要求を呑んでジークムントを殺すことを誓約せざるを得なかった。 ヴォータンは「私が作り出すものは奴隷ばかり」と自己嫌悪に陥る。 こうしてヴォータンの構想は挫折し、物語は暗転する。 この挫折によって、ヴォータンは楽劇全体の実質的な主人公でありつつも、第一線から退く形となり、代わって新たに主役にふさわしい存在となっていくのがブリュンヒルデである。 この「遠大な構想」とその挫折が語られる第2幕第2場は、四部作の叙事的分水嶺ともいうべき箇所で、1855年10月3日付けでワーグナーがリストに宛てた手紙には、「(第2幕第2場は)四部作のドラマの運びにとってもっとも重要な場景」と記されている。 近親相姦のモチーフ [ ] 『ヴァルキューレ』において、双子の兄妹ジークムントとジークリンデのが物語のひとつの焦点となっている。 このモチーフは、後述するように、後の文学作品に影響を与えた。 近親相姦は獣性への逆戻りを示唆し、近代社会はもとより、未開社会でもタブーとされてきた。 しかし神話においては、例えばのとは母親の胎内で交わったとされ、神々のみはこれを許されている。 の最高神と妃もまた姉弟にして夫婦である。 ヴォータンは「遠大な構想」に基づき、このいわば「神話的特権」をジークムントとジークリンデの二人に認めることで、「選ばれた英雄」の貴種的性格を高め、さらにジークムントにフンディングを返り討ちさせることで、英雄としての最初の試練を乗り越えさせる意図があったと見られる。 ブリュンヒルデは、そのための介添え役でもあった。 近親相姦のモチーフは、『ヴァルキューレ』につづく『』においても、ジークフリートとブリュンヒルデ(甥と伯母)の関係として明確に現れる。 また、直接的ではないが、心理的な側面では、孫のジークフリートを介した形でヴォータンとブリュンヒルデとの関係にも色濃く認められる。 『ヴァルキューレ』第2幕のト書きには、父娘のほとんど性的な親密さが暗示されている。 ギリシア神話との関連 [ ] 『ヴァルキューレ』の物語や人物設定は主として『エッダ』や『ニーベルンゲンの歌』などの北欧神話やドイツ英雄伝説に依っているが、ドラマの手法や展開的には、とりわけの影響が色濃く見られる。 第1幕においてジークムントとジークリンデが互いに兄妹であることを知る場面は、ギリシア悲劇に見られるアナグノーリシス(Anagnorisis、認知または再認)の手法である。 ここではとくに、父を殺された復讐に際して再会するとの姉弟の物語と関連が深い。 この題材に基づくギリシア悲劇には、『供養する女たち』 、『エレクトラ』、『エレクトラ』がある。 第2幕以降でブリュンヒルデがヴォータンの命に逆らい罰せられる物語は、ギリシア神話において、の命に逆らって人間に火をもたらしたために罰せられ、カウカソスの岩山に縛り付けられた(アイスキュロス『縛られたプロメテウス』)、あるいは王の命に逆らってを埋葬した(ソフォクレス『アンティゴネ』)を彷彿とさせる。 第3幕で登場するブリュンヒルデを除く8人のヴァルキューレたちは、ギリシア悲劇のコロスの役割を与えられている。 また、幕切れでブリュンヒルデがヴォータンによって眠りにつく場面は、直接的にはの『』のモチーフと重なる が、ここでヴォータンはローゲを呼び出し、岩山に炎を縛り付けており、上述の『縛られたプロメテウス』との関連性に「火」のモチーフも重なる。 音楽 [ ] 主なライトモティーフ [ ] まどろみの動機 ワーグナーは『ニーベルングの指環』四部作で、物語の登場人物、あるいは道具や概念などを短い動機によって示す(示導動機)の手法を駆使している。 の音楽学者 1846 - 1916 によれば、『指環』四部作中に計82のライトモティーフが数えられ、そのうち22が『ヴァルキューレ』に現れるとされる。 『ヴァルキューレ』で示されるライトモティーフとして、とくに重要なものを以下に挙げる。 基本的に、新たに示された動機は繰り返され、あるいは変容されて主題的な性質を示す。 一方、『ラインの黄金』ですでに現れたものは、主として「想起動機」として扱われる。 第1幕 第1場:ヴェルズング族に関する諸動機 第2場:「フンディングの動機」 第3場:「剣の動機」(『ラインの黄金』の終わりでも象徴的に現れるが、ここでは明確に剣を意味する動機として現れる) 第2幕 第1場:「ヴァルキューレの騎行の動機」、「ヴォータンの不機嫌(あるいは自己矛盾)の動機」 第4場:「死の告知の動機」 第3幕 第1場:「ジークフリートの動機」、「愛の救済の動機」 第3場:「まどろみの動機」 象徴性 [ ] 『ヴァルキューレ』の音楽は、の駆使によって、詩=筋書きの内容をしばしば予告あるいは先取りするものとなっているのが特徴である。 このことは同時に、ワーグナーが自身の中に認めていた男性的要素(詩人)と女性的要素(音楽)の関係としても働いている。 「先取り」の例として挙げられるのが、第1幕のジークムントとジークリンデの関係である。 二人は会ったばかりの時点で、ジークムントが水を飲む場面で早くも「ジークムントの動機」と「ジークリンデの動機」が絡み合って高揚し、「愛の逃亡の動機」と「ヴェルズングの愛の動機」へと発展している。 この場面では、音楽が詩を先取りするとともに、恋愛についてもジークリンデが主導的な立場にあり、ワーグナーが著書で主張していた恋愛における女性主導との呼応が強く見られる。 第3幕では、ブリュンヒルデがヴォータンに「火を燃やして」と嘆願する場面で、舞台上には炎は上がっていないにもかかわらず、音楽は「ローゲの動機」を示し、幕切れに至って舞台を埋め尽くす炎が視覚化されることになる。 筋書きの先取りという点でもっとも時間が大きく隔たる例は、同じく第3幕で示される「愛の救済の動機」で、次次作『』の幕切れにおいて初めて回帰し、劇的な効果を挙げる。 この「愛の救済の動機」は、やわらかな順次進行を示し、確固とした長三和音の分散型と符点リズムからなる「剣の動機」と対比される。 「剣の動機」は『』の幕切れに現れるように、ヴォータンの「遠大な構想」を象徴しており、いわば「男性原理」(剣および遠大な構想)によって崩壊した世界を「女性原理」(愛)が救済する、という構図が見て取れるのである。 配役及び演出について [ ] 配役 [ ] 『ヴァルキューレ』において、とくに重要なキャラクターは、ジークムントとジークリンデ、ヴォータンとブリュンヒルデの二組の男女である。 彼らに次いで重要なのはフンディング、フリッカである。 ジークムントとジークリンデ 双子の兄妹であることから、どちらかが良いというだけではドラマが生きないため、ペアとしての成否が問われる。 とくに第1幕は、部分的にフンディングが絡む以外は二人の対話が殆どを占め、この二人の出来にほとんどすべてがかかっているといえる。 ヴォータンとブリュンヒルデ ヴォータンは『ニーベルングの指環』四部作全体の主役といえるが、その性格と役割は物語とともに変化する。 本作では、神としてのスケールの大きさ、格調の高さとともに、長い叙事的語りによって物語の重要な転回点を明らかにする必要がある。 ブリュンヒルデやフリッカとの長大な二重唱が続く上に、第3幕終盤などは一人芝居となるなど、スタミナも要求される。 、一方のブリュンヒルデは、つづく『』および『』を通じて声楽的にも役柄の深さの点でも「ワーグナー的ドラマティック・ソプラノ」の典型を確立している。 すなわち、最高度にドラマティックな声と、長丁場を歌い切るだけのスタミナが不可欠であり、加えて、女性のほとんどあらゆる性格、感情を演じ分ける表現力が求められる。 本作で二人に共通するのは、内心の葛藤や親子の情愛についても高い表現性が求められることである。 演出 [ ] はに由来し、「戦乙女」と訳されることもあるが、もともとはヴァル(戦場)とキューレ(選ぶ)という言葉から成り立っている。 その名のとおり、戦いで死んだ男たちのなかから最強の勇士を選び、に連れて行くのが彼女たちの使命である。 言い換えればこれは「死体運搬」ということになる。 本作は後世さまざまに演出されているが、有名な「ヴァルキューレの騎行」の場面はその多くに死のイメージが共通して認められる。 の演出は、舞台上に死体をごろごろ並べるという趣向で、悪趣味だと非難された。 のでの演出では、舞台装置が病院の死体安置所あるいは強制収容所の死体焼却炉を連想させた。 のバイロイト演出は、舞台上でを思わせるグロテスクなの塊を動かすというものだった。 による「トーキョー・リング」では、看護師の格好をしたヴァルキューレが押すから死体が次々と蘇生し、舞台裏手に去っていくという演出となった。 のアムステルダム演出は、手先から足先まで黒ずくめの全身タイツを基本に、出撃時は黒のコート、銀の兜を装着(「神々の黄昏」でヴァルトラウテは加えて銀色のワンピースも着けている)、比翼に似た2枚の銀の盾をはためかせながら戦闘機のごとく駆け回る。 この黒と銀翼の強調以外にことさら死のイメージは語られないが、これは4部作全体を通じて具象的なセットや小道具を極力使わない演出方針にも関係している。 影響 [ ] 文学 [ ] 『ヴァルキューレ』から主題など直接影響を受けている作品、あるいは設定など間接的に影響が認められるものを以下に示す。 『神々の黄昏』(1884年) 物語の主人公シャルル・テストの二人の子供クリスティアーヌとハンス・ユルリクが『ヴァルキューレ』を聴き、愛の啓示を受ける場面がある。 『ヴェルズングの血』(1921年) 『ヴァルキューレ』の分析の上に立って構成されており、のとある中産階級の贅沢な生活のなかで、青年とその妹による近親相姦が描かれる。 劇中劇として、『ヴァルキューレ』第1幕が引用される。 『』(1864年) 「ヴァルキリー号」と名付けられたデンマークの帆船が、アイスランドの地からエルダの世界である地底へと入っていく。 舞台作品 [ ] 『ヴァルキューレ』第1幕は、独立した一幕ものとしてもしばしば上演機会がある。 登場人物が3人と極端に少ないことや、ト書きの詳細な舞台指示など、写実的な散文劇の性格も備えていることから、らのモダンな室内劇の先駆と考えることもできる。 映画 [ ]• 『第96号』(1942年4月7日公開)における「ポート・ダゥイン爆撃」の実録映像に「ヴァルキューレの騎行」が使用されており、既存のレコード音源を転用している。 また、同じく『日本ニュース第256号』(1945年9月12日公開)でもアメリカ軍が厚木飛行場に到着する際の映像に同曲が使用されている。 東宝映画『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年12月8日公開)において、海軍の陸上基地から発進した索敵機の飛行場面にて「ヴァルキューレの騎行」が使用されているが、当時の日本の演奏技術の限界から簡略化されている。 監督による『』では、ではなく実際に戦場で流れている音楽として使われる。 アメリカ軍の部隊がの拠点となっている村に奇襲攻撃を掛ける際、兵士の士気を高め、住民の恐怖心を煽るために、ヘリコプターに積んだスピーカーから「ヴァルキューレの騎行」が大音量で流される。 映画の演奏は、指揮の(による全曲録音からの使用)である。 「演出」の節でも述べたとおり、ここでもヴァルキューレと死のイメージが重ねられている。 さまざまな映像作品で上記『地獄の黙示録』へのオマージュとして「ヴァルキューレの騎行」が使用されている。 例としては監督の映画『』におけるベトナム戦争のシーンなどが挙げられる。 またコメディに限らず作品に軍用ヘリコプター編隊が登場する際のBGMとして多用される。 日本の小説『』では、第四戦闘団が盗賊団討伐の際に「ヴァルキューレの騎行」を流す。 また、その後の台詞も『地獄の黙示録』とほぼ同じになっている。 日本のアニメ映画『』の登場人物、ポニョの本当の名前はブリュンヒルデである。 サントラでも「ヴァルキューレの騎行」がパロディ的に使われている。 監督の映画『』では、演じる大佐一家が空襲で地下室に避難した後、電源を切り忘れていた蓄音機の針が爆発の衝撃波で動いた際に「ヴァルキューレの騎行」が流れ、「」を意識させる演出が行われた。 その他 [ ]• 日本のプロレスラー、の入場テーマ曲として使用されている。 またアメリカのプロレスラーが同曲をアレンジした「Fight of the Valkyrie」を使用している。 日本の漫画『』の登場人物「爆竜大佐」はに乗って登場する際、「ヴァルキューレの騎行」を流しながら登場する、という設定がある。 また本作のアニメ作品では実際に同キャラクターが登場するシーンで「ヴァルキューレの騎行」が使用されている。 コンピューターゲーム『』の起動時のBGMにこの曲の冒頭部分が使われている。 1985年に放映された製「Hiプレス」のCM「東シワ海 編」のBGMにも使用されている。 CMの内容としては大荒れの海に見立てたしわだらけの布地を船に見立てた「Hiプレス」が通ると静けさを取り戻す(平らになる)というもの。 脚注 [ ]• 項目表記については、典拠とした日本ワーグナー協会監修による白水社本や音楽之友社本(参考図書の節参照)に従い「ヴァルキューレ」とした。 出典のCD解説では「55歳」とするが、リストは1811年生まれであり、45歳の誤りであろう。 では、第1ヴァイオリンが向かって右、第2ヴァイオリンが左と、通常とは逆に配置される。 ただし、歌は交互で、二人の声が重なることはない。 ちなみには、この部分を「偉大で驚くべき描写」「実際に魔法の馬を駆って雷鳴と稲妻のただなかを飛んで行く光景が眼前に展開する」と絶賛しているが、作り物でしかない劇の音楽として演奏されると音楽のもつ表現力のすべてが失われてしまうとして否定的であった。 (『大作曲家は語る』p. 126)• ヴォータンは「契約」を司る神であり、手放した指環を自ら改めて奪い返すことは許されない。 ヴェルゼはヴァル(戦場)から、ヴォルフェはヴォルフ(狼)からとられており、これに対してフンディングはフント(犬)からとられていて、対比される。 「」三部作の第2部に当たる。 『いばら姫』は『エッダ』に由来している。 参考文献 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 と に関連するメディアがあります。 小林利之『大作曲家は語る』(東京創元社、1977年12月10日)• ワーグナー 舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』第1日 『ヴァルキューレ』 日本ワーグナー協会監修、、、、山崎太郎 編訳、• ジャン=クロード・ベルトン著『ワーグナーと《指環》四部作』 横山一雄 訳、白水社文庫クセジュ• 編スタンダード・オペラ鑑賞ブック4『ドイツ・オペラ 下 ワーグナー』• 指揮バイロイト祝祭管弦楽団ほかによる1955年『ニーベルングの指環』全曲録音から、〈ニーベルングの指環〉読本及び『ヴァルキューレ』解説(TESTAMENT SBT4 1391)• 『ギリシア悲劇 I アイスキュロス』(呉茂一ほか訳、ちくま文庫)• 『ギリシア悲劇 II ソフォクレス』(松平千秋ほか訳、ちくま文庫)• 『ギリシア悲劇 IV エウリピデス(下)』(田中美知太郎ほか訳、ちくま文庫)• 編 On Books Special Opera• のピアノスコア• 編 名曲大辞典 関連項目 [ ]• - にあるフンディングの小屋。 外部リンク [ ]•

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『終末のワルキューレ』登場人物、あらすじ紹介!神達の戦いの勝敗は【無料】

終末のワルキューレ登場人物

1000年に1度開かれる神々の会合「人類存亡会議」。 万物の創造主である大いなる神達は、ギリシア神話のゼウスの音頭のもと、進歩の兆しを見せない人類へ「終末を与える議決」をとっていました。 終末は全会一致で決定しかけますが、戦乙女(ワルキューレ)の長姉・ブリュンヒルデが可決に異議を申し立て、ヴァルハラ憲法に定められた超特別条項により、神VS人類最終闘争(ラグナロク)で決めるべきだと挑発します。 人類の行く末を人類自身に決めさせ、あわよくば救うために…… 傲岸(ごうがん)な神々は挑発にのせられ、ブリュンヒルデの提案を承諾します。 こうして最強の13神と、最強の人類代表・神殺しの13人(エインヘリャル)が1対1で雌雄を決する、空前絶後の一大バトルが始まったのです。 神の力を象徴する武器「神器」に対して、人類側は戦乙女のサポートにより、彼女らが変身した神器錬成(ヴェルンド)を駆使して戦います。 神器錬成の特性や奇想天外な技がとても魅力的で、直接戦わない「ワルキューレ」がタイトルに入っているのは、これが理由でしょう。 理屈も理論も不要!ただ荒れ狂う嵐のような神にあらがう、不屈の英雄達の姿を、心ゆくまで楽しむことができます。 『終末のワルキューレ』の面白さは、こうしたエンターテインメントに徹しているところにあるといっても過言ではありません。 今回は、こんな面白すぎる設定の本作に登場する「人類代表13人」と「神代表13神」を、英雄(歴史的犯罪者も含む)の経歴や、神話の背景を交えながら紹介していきます。 未単行本化の5巻の内容や対戦結果もあわせて記載するので、ストーリーのネタバレにご注意ください! 『終末のワルキューレ』人類最強の13人の闘士達! 名は呂布(りょふ)。 本名の代わりに呼ぶ第2の名前は奉先(ほうせん)で、飛将の異名があります。 「盾を壊す者」の特性をもつ、戦乙女の四女・ランドグリーズが変化した神器・方天戟(ほうてんげき)を使います。 大気を両断する一撃・天喰(そらくい)が必殺技です。 『三国志』や『後漢書』に登場する実在した人物で、并州五原郡九原県(現在の内モンゴル)の出身。 歴史をもとにしたフィクション『三国志演義』によれば、名馬・赤兎馬(せきとば)にまたがり、方天画戟(方天戟の一種)を駆使した大男です。 三国時代最強の武将でもありますが、董卓(とうたく)など多くの主君を裏切り、曹操(そうそう)に処刑された最期が有名でしょう。 天下に敵なしと悟っていた呂布は、退屈していました。 今回参戦したのは人類のためではなく、強敵と出会うため…… 雷神トールと全力でぶつかった彼は、必殺技の撃ち合いで敗北。 呂布はランドグリーズを失い、両手がボロボロになっても戦意を失わず、最期まで立ち向かって果てます。 『終末のワルキューレ』登場人物2:アダム【人類】 『旧約聖書』などに登場する、創造主・ヤハウェによって創造された最初の人間です。 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教、それぞれの伝承により微妙に異なりますが、「禁じられた知恵の実」を食べてしまったことで、楽園から追放されたとされています。 アダムは神の似姿(にすがた)として土から作られ、その肋骨から最初の女性・イヴが生み出された話はあまりにも有名です。 本来は楽園を管理する純真無垢な存在でしたが、知恵の実によって羞恥心が芽生え、イチジクの葉で体を隠すようになりました。 そのため、アダムは股間を葉っぱで隠しただけの全裸。 ファイトスタイルも素手喧嘩(ステゴロ)です。 神器錬成は「神々の残された者」を意味する、戦乙女の七女・レギンレイヴが変身したメリケンサック。 アダムは、神に似せて作られたエピソードから、神虚視(かみうつし)という技で、神の攻撃をコピーすることができます。 対戦相手のゼウスに善戦しますが、ゼウスの猛攻で失明。 それでも人類への父性で立ち続け、ついにゼウスに膝をつかせるも絶命し、敗北してしまいます。 人類の父として負けるわけにはいかないと、死してなお立ち続ける姿……その姿にはあまりに凛々しく、胸に響くものがあります。 『終末のワルキューレ』登場人物3:佐々木小次郎【人類】 佐々木小次郎、またの名を佐々木巌流。 安土桃山時代から江戸時代初期の人物です。 武者修行で諸国を巡り、秘剣「燕返し」を開眼。 独自の流派「岩流」を創始し、40代で舟島(後の巌流島)にて宮本武蔵と決闘し、これに敗れて死んだとされています。 神器錬成は「震える者」と「轟かす者」の2つの意味をもつ、戦乙女の次女・フリスト。 佐々木小次郎のの愛刀、物干し竿とも言われる野太刀・備前長光(びぜんながみつ)、そして後に神器再錬(リ・ヴェルンド)で2振りの刀に変化します。 これまで人類側の闘士は、全盛期の若々しい姿で召喚されていましたが、小次郎に限ってはなぜか老人です。 これは武蔵に敗北したはずの小次郎が、人類代表に選ばれたことに関係しています。 小次郎は敗北から学び、死してなお進化し続け、これまでに立ち会った多くの相手の技を吸収しました。 年老いた姿はその積み重ねた時間の証なので、小次郎こそ武蔵をも上回る剣豪と言えるのです。 小次郎の技は、千手無双(後に萬手無双)。 脳内で相手の攻撃を無数にイメージすることで、攻撃パターンを把握して、最速の先読みをおこなう能力です。 小次郎はポセイドンと戦いながらも進化を続け、自身の流派と武蔵の「二天一流」を組み合わせた「二天岩流」に目覚めます。 戦いは徐々に小次郎有利に進みますが、結末はまだ判明していません。 余力を残しているポセイドンの静けさが気になるところ……。 『終末のワルキューレ』登場人物4:ジャック・ザ・リッパー【人類】 ジャック・ザ・リッパー、またの名を「切り裂きジャック」。 かつてイギリスを震撼させた連続猟奇殺人犯の通称です。 ジャックの正体については諸説あり、いまだに判明していない「未解決事件」です。 2019年にはDNA鑑定により、ジャックの正体が判明したとニュースになりましたが、1人ひとり異なる「核DNA」ではなく、一定の人々が共有する「ミトコンドリアDNA」での鑑定だったため、実際には特定していません。 1888年8月、ロンドンのイーストエンド地区を皮切りに、約2ヶ月に渡って売春婦をつぎつぎと殺害しました。 ジャックの被害者は少なくとも5人で、疑惑まで含めると被害者はさらに増えます。 この世界でもっとも有名な猟奇殺人犯が、「どのような動機」で「どんな活躍」を見せてくれるのでしょうか?対戦相手は、神・ヘラクレスとなるようです。 神器錬成は推測となりますが、凶器とされる「ナイフ」か、医者を容疑者としていたことから「メス」になりそうですね。 『終末のワルキューレ』登場人物5:レオニダス王【人類】 多くの人にとっては坂田金時という名前よりも、幼名の「金太郎」のほうが馴染み深いでしょう。 956年に彫物師の娘・八重桐(やえぎり)と、宮中に仕えていた坂田蔵人(くらんど)の間に生まれました。 成長して源頼光と出会った後、坂田金時に改名。 渡辺綱(わたなべのつな)、碓井貞光(うすいさだみつ)、卜部季武(うらべのすえたけ)らとともに「頼光四天王」と呼ばれました。 『今昔物語集』や『御伽草子』によれば、大江山の鬼の首領・酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治したと伝わっています。 金時は足柄山で熊と相撲をとった伝説もあり、日本を代表するおとぎ話の英雄です。 神にどのような戦いを見せてくれるのか楽しみですね。 神器錬成は、金太郎由来の「まさかり」か、坂田金時の「なみきり」になりそうです。 『終末のワルキューレ』登場人物8:ノストラダムス【人類】 ミシェル・ノストラダムス、あるいはミシェル・ド・ノートルダム。 1503~1566年まで生きた、ルネサンス期のフランスの医者で詩人、そして占星術師です。 占星術師として執筆した詩集『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』が代表作。 ここに記載された四行詩は、16世紀以後の遠い未来を予言したものと解釈され、難解さも相まってさまざまな論争に。 なかでも有名なのは、「1999年7月に世界が滅ぶ」という予言でしょう。 トンデモ、オカルトの人と思われがちですが、医者として非常に有能で、当時流行していたペストの治療では、伝統的な瀉血(しゃけつ。 体内の悪い血を出すこと)ではなく、より有効な消毒治療を用いた先進的な人物でした。 文化人のノストラダムスが、神とどのように戦うのか気になるところですね。 『終末のワルキューレ』登場人物9:雷電為右衛門【人類】 沖田総司、幼名は宗次郎。 幕末の動乱を生きた実在の武士です。 享年については諸説あり、24~27歳とされています。 流派は天然理心流ですが、北辰一刀流の免許皆伝も受けていたという逸話も。 後世のフィクションから、薄幸の天才美剣士のイメージが強い方も多くいるでしょう。 20歳そこそこで、新撰組1番隊組長かつ剣術師範も務めていたことから、相応の実力があったことは間違いありません。 天才と言われながらも病におかされ、明治維新の緒戦である「鳥羽伏見の戦い」に参加できず、1868年に死去。 戦うべきときに戦えなかった、失意の人であることがうかがえます。 神との戦いでは病の有無や、剣の冴えが焦点となることでしょう。 神器錬成は、沖田総司の愛刀とされる「菊一文字宗則」、もしくは「加州清光」を予想しています。 『終末のワルキューレ』登場人物11:ニコラ・テスラ【人類】 ニコラ・テスラは、オーストリア帝国(現クロアチア)出身の電気技師、発明家です。 1856年生まれ、1943年没。 20世紀屈指の発明家の一人で、交流電気方式や無線操縦、蛍光灯などを発明しました。 その功績から、磁束密度の単位が彼の名にちなんで「テスラ」と付けられています。 8つもの言語を習得し、詩や音楽、哲学にも精通していたというマルチな天才。 ヨーロッパから渡米後に、一度はトーマス・エジソンの会社に勤めました。 しかし、エジソンの直流電気方式に反発し、交流を推進したことから失職。 名実ともに、発明王エジソンのライバルです。 科学者気質のテスラがどのように活躍するのか、神器錬成(電気関係?)がどうなるのかまったく予想できません! 『終末のワルキューレ』登場人物12:ラスプーチン【人類】 フルネームは、グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン。 1869~1916年まで生きた祈祷僧(きとうそう)です。 別名は「怪僧ラスプーチン」。 ロシアのトボリスク県の農夫の家に生まれたラスプーチンは、粗暴な青年期を経てロシア正教会スコブツィ教派に没頭。 その数年後に巡礼の旅に出て、司教や上流階級の注目を集めました。 信者を増やし、「神の人」とまで言われるようになり、ついには時のロシア皇帝・ニコライ2世とアレクサンドラ皇后に取り入ることに成功します。 その後は、醜聞にまみれながらも権力を握り続けましたが、反ラスプーチンの動きが強まり、1916年に暗殺されました。 ラスプーチンといえば、圧倒的な求心力の好色家というイメージですが、「治癒能力を持っていた」や「何度殺しても死なない男」という逸話もあるので、神との戦闘ではそのあたりがクローズアップされるかもしれません。 『終末のワルキューレ』登場人物13:シモ・ヘイヘ【人類】 フィンランド語では、シモ・ハユハ。 第二次大戦中、フィンランドとソビエト連邦(現ロシア)の間で起こった冬戦争にて、多大な功績を挙げた軍人です。 1905~2002年と、作中でもっとも現代まで生きていた人物です。 シモ・ヘイヘは世界一有名なスナイパーで、史上最多の戦果を誇っています。 狙撃銃での殺害数は公式記録だけで542人、サブマシンガンでも200人以上殺害。 あまりにも正確な射撃から、ソビエト赤軍に「白い死神」と恐れられました。 『終末のワルキューレ』人類存亡を託された13人! 始皇帝やノストラダムス、ラスプーチンなど、いずれも歴史に名を残した偉人や英傑です。 例外としてジャック・ザ・リッパーのような犯罪者もいますが、彼らは1人ひとりがまさしく「ひとつの頂点」であり、人類の代表と呼ぶにいささかの疑いもありません。 ……ですが、「最強」となると話は別です。 呂布や坂田金時など、戦いの逸話が残る闘士なら納得ですが、ノストラダムスやニコラ・テスラとなると完全に文化系偉人なので、彼らが「最強」を競う最終闘争で、どのような活躍をするのかまったくの未知数。 そうはいっても、本作の作者陣には「最強の剣豪」で、あえて佐々木小次郎を選出したセンスがあります。 文化系偉人も、きっと斜め上の度肝を抜く活躍を見せてくれることでしょう。 『終末のワルキューレ』神々を代表する13神の闘士達! 主神オーディンを頂点とする、アース神族の雷神・農耕神として知られる神で、北欧神話における最強の戦神でもあります。 神器は、あらゆる攻撃を受け止める鉄の手袋(ヤールングレイプル)と、稲妻を象徴する鉄槌・雷槌(ミョルニル)の2種類です。 ミョルニルの一撃は、闘神の雷槌(トールハンマー)と呼ばれ、神々の世界アースガルドを救ったこともある技。 さらに奥の手として、速度と遠心力をためて放つ、全力攻撃・覚醒雷槌(ゲイルロズトールハンマー)があります。 トールはあまりの強さから敵う者がおらず、力を持て余していました。 そこへ現れたのが、第1戦の相手である呂布です。 呂布は人間ながら凄まじい猛者だったため、トールはかつてない好敵手と認めて奮戦し、勝利。 トドメを刺した際には、トールなりの呂布への敬意が感じられます。 『終末のワルキューレ』登場人物2:ゼウス【神】 全宇宙や天候を支配する天空神であり、ギリシア神話を統べる全知全能の主神。 本来は神々の住まうオリンポスの守護神で、神々および人類の父たる神格です。 本作では、異なる神話の神々の意見をも統括する長の役目をしています。 「人類存亡会議」で人間を絶滅させようとした張本人ですね。 いわば黒幕に相当します。 しかし、非常に享楽的かつ好戦的なため、出場選手のシヴァを差し置いて、2回戦でアダムと対決。 見た目はよぼよぼの老人ですが、アダムと同じく素手で戦います。 極限まで力を振り絞る、阿陀磨須(アダマス)が全力の状態です。 亜光速の黄昏流星群(メテオジャブ)、時間を超越する「時を超える拳」などが必殺技です。 一撃が必殺級の攻撃でアダムにダメージを与え、ついには彼を絶命させます。 ただし、同時にゼウスも膝をついていたので、試合に勝って勝負に負けたというような展開が見所です。 『終末のワルキューレ』登場人物3:ポセイドン【神】 ギリシア神話に登場する、海と地震を司る神です。 オリンポス12神に数えられるほど高位の神で、ゼウスに次ぐ実力者。 荒れ狂う怒りが地震を起こすとされ、恐ろしさでいえばゼウスとほぼ同格でしょう。 ポセイドンはゼウスの兄にあたり、別名・海のゼウス(ゼウス・エナリオス)とも言われます。 神器は、ポセイドンの代名詞・三叉槍(トライデント)。 これを用いた乱打、怒れる波濤(アムピトリテ)、そしてジャンプから突き降ろす神速の攻撃、荒海に降る神雷(キオネ・テュロ・デーメテール)が必殺技です。 神々にすら恐れられる「荒れ狂う暴力」の体現、それがポセイドンという神でした。 佐々木小次郎の猛攻をものともせず、不敵に振る舞う姿は、まさに最恐神。 とうとう神に敗者が出るのか、それとも……? 『終末のワルキューレ』登場人物4:ヘラクレス【神】 名前は「ヘラの栄光」を意味し、ギリシア神話の最大・最強の大英雄です。 父にゼウスを持つ半神半人の存在ですが、後に神に召し上げられたとされています。 ケンタウロス族の賢人・ケイローンに武術を学んだヘラクレスは、女神ヘラの策謀で自身の子供を殺してしまい、その罪を償うため、アポロンの神託に従って12の難業に挑みます。 さらに後には、イアソン率いるアルゴー船(アルゴナウタイ)に参加し、偉業を成し遂げました。 ゼウス譲りの怪力無双で、棍棒と強弓が武器。 怪物退治を経て入手した獅子の兜、ヒュドラの毒矢という強力無比な武具も持っています。 これらのいずれか、またはすべてが神器となるでしょう。 対戦相手は、ジャック・ザ・リッパーが予定されています。 『終末のワルキューレ』登場人物5:オーディン【神】 北欧神話の最高神。 戦争と死を司る神ですが、同時に詩文の神という側面もあわせもっています。 伝承によれば、世界樹ユグドラシルの根元にある「ミーミルの泉」の水を飲んで、知恵と魔術を獲得したそうです。 また、魔術の秘奥「ルーン文字」の秘密を知るため、ユグドラシルに首を吊って9日間耐えたという逸話もあります。 世界の終わり(ラグナロク)を迎えるため、戦死した勇者の魂(エインヘリャル)を、戦死者の館(ヴァルハラ)に集めてさせていることが有名。 本作の「神VS人類最終闘争」もラグナロクと呼ばれています。 作中に登場しているオーディンは、肩に2羽の鳥を乗せていますが、これはフギン(思考)とムニン(記憶)という、ワタリガラスです。 このほかに8本足の愛馬スレイプニルや、ゲリとフレキという狼も従えています。 なおオーディンの神器は、神槍(グングニル)の可能性が高そうです。 『終末のワルキューレ』登場人物6:ロキ【神】 ロキという名前には「閉ざす者」「終わらせる者」という意味があります。 神々の敵である巨人・ヨトゥンの血を引く、悪戯(いたずら)好きの神。 じつはオーディンの義兄弟でもあります。 ロキは変身術を得意とし、狡猾で嘘をよくつき、邪悪な気質をもつ北欧神話最大のトリックスターです。 神々の世界アースガルドにも多くの厄介事を持ち込み、神話におけるラグナロクの際には、神を裏切って、光の神ヘイムダルと相打ちになりました。 ロキは神側の闘士ですが、その逸話からすると、素直に神々の益となる戦いをするとは到底思えません。 良くも悪くも、神VS人類最終闘争をひっかき回すようなことを必ずおこなうはずです。 神器は、ロキが鍛えたとされる魔法の剣「レーヴァテイン」を予想しています。 『終末のワルキューレ』登場人物7:アポロン【神】 エジプト神話における冥界の神、リコポリスを守護する神。 犬またはジャッカルの頭部を持つ、半獣の姿が特徴です。 アヌビスは創世神話に出てくる神・ネフティスが、兄のオシリスと不倫した末に身ごもった子どもです。 オシリスの子であるため、ネフティスの夫・セトに不義がバレるのを恐れ、生後すぐに隠されました。 やがて、オシリスはセトに謀殺されますが、その死体を集めてミイラにしたそうです。 その逸話からアヌビスはミイラ作りの監察官だけでなく、医学の神とされています。 神器は、壁画やヒエログリフに描かれる支配の象徴「ウアス」でしょう。 ウアスは、先端に動物の頭がついた「石突き」が二叉状の長い杖です。 『終末のワルキューレ』登場人物9:シヴァ【神】 シヴァは、破壊と再生を司るヒンドゥー教の神。 作中では4本腕と3つ目が特徴的な、褐色の美青年姿で描かれています。 宗派によっては、最高神とされる強大な神格です。 ヒンドゥー教の三神一体(トリムルティ)の考えから、シヴァは創造神ブラフマーや維持の神ヴィシュヌと並ぶ、重要な神(ときには同一存在)とされています。 たった一矢で都市を3つ破壊し、怒りで激しい炎が巻き起こり、世界を焼き尽くすと言われており、とても短気な神でもあります。 口論になったときに、息子ガネーシャの首をはね、旅先で見つけた象の頭を代わりに取り付けた、というエピソードがあるほど。 神器は、三叉の槍「トリシューラ」を予想しますが、ポセイドンの「トライデント」と重複するので、シヴァに由来する神弓「ピナカ」や、神棍「カトヤンガ」になる可能性が高そうですね。 『終末のワルキューレ』登場人物10:釈迦【神】 釈迦(しゃか)は、仏教の開祖。 別名をブッダ(目覚めた人)と言い、漢訳で「仏陀」や意訳で「覚者」と書きます。 釈迦は古代インドの部族、シャーキヤ族の王子ガウタマ・シッダールタ(読み方は複数あり)として生を受けました。 裕福に育ったシッダールタは、文武両道の聡明な青年に育ちますが、城外の街で人生につきものの苦しみに気づき、29歳で出家。 厳しい修行の末に、35歳で悟りに達します。 釈迦は人間の幸福を追求し、解脱(げだつ)した聖人です。 そこから考えると人類に害をおよぼすとは思えませんが、釈迦の辿り着いた「六道輪廻」の思想からすると、いつまでも進歩=解脱しない人類に、嫌気が差したとも考えられます。 宗教家なので、とくに武器は持っていないはずですが、釈迦の説いた教義である「法輪」繋がりで、投擲武器チャクラム(法輪の輪はチャクラム)になるかもしれませんね。 『終末のワルキューレ』登場人物11:毘沙門天【神】 毘沙門天(びしゃもんてん)、サンスクリット語ではヴァイシュラヴァナ。 持国天・増長天・広目天とともに、四天王に数えられる仏教の武神です。 毘沙門天は、仏教以前のインド神話に端を発する古い神格です。 神話が仏教と合流して、中国や日本へと伝わるうちに、武神として信仰されるようになり、呼び方もヴァイシュラヴァナから毘沙門天へと変化しました。 中国では、托塔李天王(たくとうりてんのう)と同一視されたり、日本では「七福神」として有名。 多くの地域で信仰されるため、さまざまな側面をあわせもつ仏です。 武神だけに武具・防具を多数所持していますが、「如意棒」か「宝塔」のどちらかを神器として使うことでしょう。 『終末のワルキューレ』登場人物12:スサノオ【神】 建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、あるいは神須佐能袁命(かむすさのおのみこと)など、スサノオノミコトと読ませる漢字表記がいくつもあります。 もっとも古い話を編纂した『古事記』によると、黄泉の国から戻ったイザナキが禊(みそぎ)をおこなったときに、左目からアマテラス、右目からツクヨミ、そして鼻からはスサノオが生まれたそうです。 『日本書紀』では、イザナギとイザナミの間に生まれた第4子となっています。 スサノオは、日本神話を代表する荒ぶる神として有名ですが、怪物ヤマタノオロチを退治して、クシナダヒメを救うという英雄的行動もするなど、二面性をもった神です。 神器は、ヤマタノオロチ退治で入手した、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で間違いないでしょう。 『終末のワルキューレ』登場人物13:ベルゼブブ【神】 ヘブライ語で蠅(はえ)の王を意味する、ユダヤ教やキリスト教における悪魔の首領です。 ユダヤ・キリスト教は、布教の過程で土着の神を悪魔に落とすことをよくしていましたが、ベルゼブブもその一例。 もともとは、地中海カナン地域で信仰されていた豊穣神バアル・ゼブル(気高き主)だったとされています。 ベルゼブブは、神側の勢力としてはかなり異端な存在です。 悪魔の首領としてか、あるいは神から変質した悪魔としてか……いずれにしても、ほかの神とは違った活躍を見せてくれることでしょう。 神器は、2つの棍棒・撃退(アィヤムル)と追放(ヤグルシュ)を予想しています。 『終末のワルキューレ』壮大な最終闘争(ラグナロク)の結末とは……?.

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